ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

コロナ・ビールの元社長は全財産を故郷の全村民に配布したのか、デイリー・メールは笑えない

コロナ・ビールで有名な会社の元社長が、遺産の230億円を、生まれ故郷の村の全村民に配布したとかしないとか。

irorio.jp

という話が11月25日に話題になり、FNNもニュースで紹介してしまった感じなのですが*1、どうも誤報のようだということになっています。

 

まあ、そこで話が終わっても面白くないので、どこが発端なんだろうという感じで今日は簡単に記事を書きたいかと思います。

 

 

***

 

 広めたのはイギリスメディア

日本で広まったのはFNNが悪いかなあという感じもしますが、世界的にはどこが悪いんでしょうかね。

主要サイトは軒並み記事を消すか更新しているので、アーカイブをいくつか拾いました。

web.archive.org

web.archive.org

webcache.googleusercontent.com*2

web.archive.org

Independent、TIMEといった大御所でさえもこの誤報に騙されてしまったわけです。これはFNNだけ責めるわけにもいきますまい。

 

TIMEは「 reports the Telegraph.」としており、Telegraphの記事の時間は11月24日のイギリス時間午後9:59。Telegraphが発端かな、と思いましたが、DailyMailはそれを上回る11月24日午後5:18。おお、久しぶりにDailyMailがやっちゃった感じですかね。

 

DailyMailは元社長のAntonino Fernándezの享年を「aged 99」にしたりして(本当は98歳)、ちょっとテキトーな感じなのですが、情報は他紙と比べて多いです。しかし、TelegraphがDailymailをソースにするとも思えないので、記事を読んでみると、両紙とも、「the Diario de León」というスペインのローカル紙を参照しています*3

いずれにせよ、イギリスのメディアがこのリポートを広めるのに一役買ったというところでしょう。

 

Diario de Leónの記事とは違う

ということは、このスペインの「Diario de León」紙の当該の記事を探したいところです。

www.diariodeleon.es

どんぴしゃかどうかは不明ですが、10月10日のこの記事をソースにした可能性があります。

スペイン語なのであんまり自信がないのですが、タイトルは「アントニーノはレオン県に億万規模のギフトを残す」というところでしょうか。

 

記事を読み進めていくと、彼は50人以上の相続人に明確な指示を残していて、子どもはいないが、甥やらなんやらの親戚が何十といるということ、「Fundación Cerezales」とか*4、「empresa Soltra」*5という障害者を率先して雇用する会社とか、社会貢献的な活動に経済的援助を続けるだろうこと、そういう事を含めた、レオン県の家族たちに行き渡る価値が2億ユーロ近くになるだろうということが書かれています*6

 

若干翻訳に自信がないのですが、そういう彼の親戚や慈善事業やらなんやらで落とされる(落とされた)金額が2億ユーロの価値がある、と言っているようであり、少なくとも村民に2億ユーロを分けるというようなことは書いてありません。

 

しかし、DailyMailやTelegraphは、この「2億ユーロの価値」の部分を、取り違えた可能性があります。

 

本当はどの記事を参照したのか?

少し疑問に思うのが、DailyMailなどの記事に出てくる「Maximino Sanchez」という、村でたった一つのバーを営む男性が、Diario de Leónには登場しないことです。色々探してみると、10月24日のEL PAISの記事に出てきます。

economia.elpais.com

記事では、AntoninoがCerezales村に対して水道や公道、共同墓地を整備し、村の発展に貢献していたというような話が載っています。これに対し、Maximino Sanchezは「彼がいなかったからどうしたらいいかわからなかったよ。我々には金がなかったから」というコメントを載せています*7。これはDailyMailが掲載しているSanchezのコメントと全く一緒です。

記事には、「 Diario de León」をソースとして、2億ユーロが同県に住む彼の親類たちに行き渡るだろうみたいなことが書かれてもいますので、EL PAISが初出かはわかりませんが、DailyMailなどは、こういった他のスペイン語の記事を孫引きしながら、「Diario de León」をソースということにして書きつつ、Cerezalesと leonéがごっちゃになり、今回のような誤報につながったのではないでしょうか。ちなみにEL PAISは、Diario de Leónは「ゴシップも多いけど(En Léon se ha cotilleado mucho)」と、信憑性には留意した書き方をしています。

 

イギリスが初めてではない

しかし、Diario de Leónの記事の日付が10月10日と、1ヶ月以上も前のことが気になります。ということで調べてみると、どうもこの「全村民に配布」という話は、イギリスメディアが最初にやらかしたわけではなさそうです。10月の段階で、この話はヨーロッパ圏で話題になっています。

www.businessinsider.de

www.welt.de

上記はドイツのメディアの記事なのですが、WELTは10月24日の記事で

 

Freunden und Verwandten in seinem Heimatdorf Cerezales del Condado in der nordspanischen Provinz León soll Antonino nun sagenhafte 200 Millionen Euro vermacht haben.

友達や親類が住むスペイン北部レオン県のCerezales村に、 Antoninoは2億ユーロ残したといわれている

 

と書いています。記事の構成からいって、EL PAIS(もしくは似たスペイン紙)を参照したようですが、既に表現が微妙になっています。

それに加えて、BUSSINESS INSIDERの10月25日の記事になると、

Ganze 200 Millionen Euro wanderten nun von einem mexikanischen Bankkonto auf verschiedene spanische Sparbücher.

2億ユーロは現在、メキシコの銀行から色々なスペインの預金口座に移譲中とのことだ。

 と、少々話が大きくなっています。

 

というように、どうやら今回の話は、事前にヨーロッパの他の国では少々話題になっていて、話が伝言ゲームのように膨らんでいった可能性があります。そして、最後にイギリスに辿り着き、もしかすると、イギリスの多くのメディアは、スペイン語ではなくもっと別の国のメディアから玄孫引きぐらいして書いたのかもしれません。

 

今日のまとめ

①今回については、イギリスメディアの誤報が世界に広まるきっかけとなった。

②DailyMailもしくはTelegraphが時間的には初出に近い。

③両紙が参照したとするスペインのDiario de León紙は、「レオン県に住む親類に2億ユーロがいく」もしくは「Antoninoが支援している慈善活動の価値も含めて2億ユーロ」ということであり、少なくとも2億ユーロを村民に配布するという文言はどこにもない。

④③の記事は10月10日の記事で、同じ月にドイツのメディアが、「2億ユーロをレオン県に残した」という内容になっており、文言が徐々に誇張されたり変更されたりして、伝言ゲームのように今回の件まで伝わってきたと考えられる。

 

バーの店主でもあり自治会長でもあるMaximino Sanchezは、BBCの取材に対し、「今回の相続の問題は家族の問題だ」として「大事なことは彼がこの村を忘れていなかったことだろう」と、なかなかいいことを言っています。また、確かに彼のいとこやらなんやらは村に家を持っているが、ホリデーにやってくるだけで、1年の大半はいないんだとか*8。Sanchezは、Antoninoがこの街を作ったこと自体が「偉大な遺産だ」と、カッコイイことを言っています。

このBBCの記事は11月21日のスペイン語版の記事の*9英訳・再構成のようですので、要は、Antoninoの「巨大な遺産」は、ゴシップ含めて(その額の真偽も不明ですが)、前々からその使途についてウワサになっていたということなんでしょう。DailyMailなどはそういう話に飛びついてしまった感じがあります*10

 

しかしえらいなあと思うのは、英メディアは誤報を出した後にちゃんと訂正の記事を出すところです。現在、DailyMailやindependentの誤報記事に飛ぼうとすると、ちゃんと自動で訂正記事のページに飛ばされます(Telegraphは404になりますが)。

 

GOHOOさんもどっかで呟いていましたが*11、日本は訂正報道が甘いような気がします。FNNも結局記事を削除しただけで現在のところは終わっているようですので、バイラルメディアはともかく、そういう報道関係はしっかりしてほしいなあと思います。デイリー・メールを笑える立場にはないということですなあ。

 

 

 

 

 

 

 

*1:既に記事は消されていますけれども。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00342824.html

*2:independentはrobotのクロールを受け付けていないようなので、googleのwebキャッシュのみです。時間が経つとこれも見られなくなるでしょうなので、一応キャプチャも貼っておきます。

f:id:ibenzo:20161127214113p:plain

*3:Maximino Sanchez, who owns the only bar in the village, which is stocked full of Mexican beers, told the Diario de León newspaper

Generous seven-year-old discovers $100 lottery ticket and uses proceeds to buy food for the poor | Daily Mail Online

Maximino Sanchez, the owner of the only bar in the village, told the local newspaper Diario de León

Corona beer founder Antonino Fernandez makes every resident of the Spanish village he grew up in a millionaire

表現がめっちゃ似てますが、両紙は仲良しなんて話もありますし・・・

*4:Home - Fundación Cerezales Antonino y Cinia - FCAYC 文化的な活動を援助する財団のようです

*5:FUNDACIÓN | SOLTRA

*6:los familiares de la provincia han sido agraciados con más de 200 millones de eurosが多分そういう意味だと思うんですけど・・・

*7:Si no fuera por él este pueblo no sé cómo estaría, porque no tenemos un duro

*8:The Mexican money that changed a Spanish village - BBC News

*9:O povoado espanhol de 30 habitantes transformado pelos milhões de euros de emigrante que fez fortuna no México - BBC Brasil

*10:ちなみにTHE SPANISHは今回のストーリーを「ハリウッド映画にあるようなアメリカンドリーム」として、そういうAntoninoの立志伝中にふさわしいものだったのでは、みたいなことを書いています。

El presidente de la cerveza Corona adelanta el Gordo de Navidad en su pueblo de León

*11:訂正報道の抜本的改革を | GoHoo