ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

読書は68%もストレスを軽減するのか、読書の可不可

以下の内容の「読書がストレスを軽減する」というツイートがバズっていました。実は二年ちょっと前に既に検証していたブログがあったので、そちらをリンクしておきます。

 

・どの活動によってストレスレベルが一番下がるのかを調べた。
・検証の結果、読書が 68% と、一番高い数値を示した(コーヒーは 54%、散歩は 42%、ゲームは 21%)
・この 68% という数値はたったの 6 分間で効果が表れた。

嘘だった!?読書でストレス軽減の真実は / True or False.... Stress Relief by Reading! - 医薬翻訳者の洋書キッチン/ The Book Kitchen

 

私も人並みには本を読んでおりますが、現実のストレスは減るどころか増える一方なので、疑わしく思って調べてみました。結論だけ書くと、「この話は査読付きの研究でもなければ学術誌に載ったわけでもないマーケティング的なもの」です。

 

 

2009年の研究

そもそも何の研究かというと、2009年、イギリスのサセックス大学の先生のもの。

 

www.telegraph.co.uk

 

上記のテレグラフ紙の記事は会員になることを求められるので、引用がしづらいのですが、サセックス大学のDavid Lewis博士(認知神経心理学)の研究です。もう少し正確に言うと、彼が会長を務め、サセックス大学のコンサルタント会社でもある、MindLabという組織*1 による研究です。

 

ほぼ同じ内容が書いてあるTheArgusというイギリスの地方紙から内容について引用すると、以下の感じ。

 

He found that subjects only needed to read, silently, for six minutes to slow down the heart rate and ease tension in the muscles.

It actually got subjects to stress levels lower than before they started.

Listening to music reduced the levels by 61%, having a cup of tea or coffee lowered them by 54% and taking a walk by 42%.

Playing video games brought them down by 21% from their highest level but still left the volunteers with heart rates above their starting point.

その結果、心拍数を下げ、筋肉の緊張を和らげるためには、6分間、静かに読書をするだけでよいことがわかりました。実際、開始前よりもストレスレベルは低くなりました。

また、音楽を聴くと61%、お茶やコーヒーを飲むと54%、散歩をすると42%もストレスレベルが下がりました。

ビデオゲームをすると、最高値から21%下がりましたが、心拍数は開始時よりも高くなりました。

Reading can help reduce stress, according to University of Sussex research | The Argus

 

ビデオゲームだけ、開始前のストレスレベルではなく、「highest level 」からのパーセンテージなのが気になりますが、とにかく、こういった研究は存在するようです。

 

論文はどこだ?

ところが、最初に挙げたブログでも指摘されているのですが、どうにもこうにも、この研究の元が見つけられません。

 

例えばGoogle Scholarでdavid lewisを検索してみても、サセックス大学の彼の2009年代の研究が出てこない。検索のサジェストを見ると、「david lewis reading reduces stress」「david lewis stress sussex」などが出てくるので、たぶんいろんな人が調べているんでしょうが、いまいち見つかりません*2。PubMedなんかも同じで、ヒットしません。

 

なので、この研究を引用する記事は、

 

Dr. David Lewis “Galaxy Stress Research,” Mindlab International, Sussex University (2009)

A book a day - Penguin Books Australia

 

とか、

 

As reported in The Telegraph

テレグラフ紙によると

Health Alert—Read to Save Your Life - AlbertMohler.com

 

みたいな、雑な脚注になっています。

 

研究の元が見つけられないと、「どのぐらいの規模」で、「ストレスレベルは何を基準にしたのか」とか、そのほかもろもろ、検証に必要な条件がそろわないので、こいつは怪しいぜ...という気持ちになってしまいます。

 

チョコレート会社の委託

もうひとつテレグラフ紙に書いてある興味深いことが、この研究はGalaxy choocalateを販売する、マース社(Mars, Incorporated)から委託を受けたものだということです。日本だとスニッカーズとかM&M'sが有名ですね。

 

なぜマース社は、このような委託を行ったのか? ひとつ大事なことは、研究を行ったMindLabという組織は、ブランド調査や、広告の効果を研究している組織だということです。

 

themindlab.co.uk

 

この話の続きの前に登場するのが、ライバル会社キャドバリー社*3です。以下のサイトを参考に概要を記します。

 

www.campaignlive.co.uk

 

キャドバリー社は、マース社が委託する前の2007年、ゴリラのCMで広告業界に激震を走らせます。

 

www.youtube.com

フィル・コリンズの「夜の囁き」をしみじみと聴くゴリラが、最後にドラムを叩く…という内容で、Wikipediaのページができるほど、有名なCMのようです*4。Wikipedia情報で申し訳ないですが、このCMのおかげで、キャドバリー社は、前年比同時期の売上が9%アップしたとのこと。

 

これに焦ったのがマース社です。うちもええ宣伝考えな...ということで、プランナーが(恐らく)MindLabに委託をしたのでしょう。人がリラックスすることと、チョコレートとの間を繋ぐというプロモーションを考えたわけです。そして、研究結果を元に「本を読むとリラックスする」としたのか、そもそも「本とリラックス」ありきで話を押し進めたのかは不明ですが、Galaxy Irresistible Readsというプロモーションを展開し、チョコバーを購入すれば、プロが選んだ10作の小説の1つを獲得できる、というキャンペーンを行います。

 

web.archive.org(アドレスは生きているのですが、全然関係ないサイトに飛ばされるのでアーカイブ)

 

このキャンペーンは当たったようで、上記サイトによれば、市場シェアの18%近くを得られたとか。

 

つまり、この「読書がストレス軽減」の研究は、ガチガチの企業案件だったということには、留意しなければならないということです。

 

偏った実験内容

とまあ、ここまで怪しい話であれば、きっと誰か調べているだろうと思ったら、やっぱり調べていました。Information Management Associatesが調査しています。

 

www.informat.org

 

IMAも「そのような学術報告がないことが徐々に明らかになりました(it gradually transpired that there were no such academic reports.)」と記している通り、これは査読やら学術誌に載ることが公式の研究とするならば、正式な研究ではない、ということになります*5

 

IMAはどうやら、David先生からレポートを入手できたようで、実験内容は以下の通り。

 

・熱心な読書家(!)である16人のボランティアが対象

・ストレス軽減の対象物は、軽い電気ショックを受けるゲーム(!?)から、好きな本を読むこと

・10個のストレスの発生と軽減を交互にする活動を行う

・その間に、心拍センサーと皮膚コンダクタンス測定器で測定を行う

 

いや、被験者からして、なかなか偏りに偏った研究ではございませんか…。IMAは、大規模研究につながる、予備的な基礎実験としては評価しつつも、このような根拠が薄弱な研究を大々的に報道するメディア、及びそのようなコンサルティング会社と連携する大学側を批判しています。

 

The problem here (and in other recent cases of media reporting of small-scale consultancy research) is not that the central claim made was unfounded, but that without the traditional trappings of academic research reporting...More generally, the growth in university-derived research consultancies and a trend towards awarding research contracts to management consultancy companies may be fundamentally distorting the academic research reporting process. 

ここでの問題は(そして最近の小規模なコンサルタント会社の研究をメディアが報道した他のケースでも)、中心となる主張が根拠のないものであったということではなく、学術的な研究報道の伝統的な道筋がなかったということです。(中略)より一般的には、大学由来の研究コンサルタント会社の増加や、経営コンサルタント会社に研究契約を発注する傾向が、学術研究報告プロセスを根本的に歪めている可能性があります。

 

うーん、ここら辺の安易な話に飛びつくメディアとその無秩序な広がりは、いずこの国も同じというわけですね。

 

今日のまとめ

①読書がストレス減に有効という研究は、2009年のサセックス大学のコンサルティング会社によるもの。

②この研究はマース社というチョコレート会社からの委託案件で、リラックス効果とチョコレートを関連付けて広告をするために意図された研究である。その後、マース社は研究内容をもとに、チョコを買うと小説を一つ読めるというキャンペーンを展開して、売り上げを伸ばしている。

③そのためか、査読付き論文でないことだけでなく、そもそも学術的な報告すらされていない。

④実験内容も、被験者が最初から「読書好き」であったり、ゲームは「電気が流れる」ものであったりと、なかなか偏っている。

 

そもそも、本を読むという行為は、他の散歩とかコーヒーを飲むとかと比べて、座って動かず静かに行うものですから、本を読んでリラックスしてるのか、黙って座ってることがリラックスにつながっているのかだって、わかったもんじゃありません。

 

しかし、このツイート、私が見た時点で17万ものいいねを獲得しているのですが(最近インフレぎみじゃありません?)、おおよそこの話の真偽についてはあんまし語られていません。これが政治的な内容だと即座にツッコミが入るのに、ここらへんがとってもアンバランスだなあと思います。

 

*1:

Dr David Lewis-Hodgson ☍ Mindlab

*2:

彼の研究自体は出てきます。後述するように、メディアと心理学の組合わせのような研究が多いです。まあでも、論文か?という感じです。

Market Researchers make Increasing use of Brain Imaging

https://www.acnr.co.uk/pdfs/volume5issue3/v5i3specfeat.pdf

*3:

キャドバリー - Wikipedia

*4:

Gorilla (advertisement) - Wikipedia

 

*5:

ちなみに先生、こんな研究もしています。ストレスが関心ごとの様です。

Bus trips are less stressful than car journeys | Daily Mail Online

これもいまいち見つけられず...