ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

「去ってほしい社員の条件」の元ネタは何か、美しく呪われた夢

 

「去ってほしい社員の条件」という内容の張り紙が話題になっています。

burusoku-vip.com

かつてスタジオジブリに、以下のような7か条が貼ってあったという話。

 

一.知恵のでない社員
一.言わなければできない社員
一.すぐ他人の力に頼る社員
一.すぐ責任を転嫁する社員
一.やる気旺盛でない社員
一.すぐ不平不満を云う社員
一.よく休みよく遅れる社員

 

これについて、ネットでは「パヤオのヤバさはこんな可愛い物じゃないもんな 」という、宮崎駿の性格にふれるものから、「去ってほしいではなく、あって欲しい社員の条件とすればいい」という、内容についてふれたものまで、様々でした。

 

今回は、この条件が、果たしてどこ由来のものなのか、それを調べてみました。

 

 

***

 

現在はドワンゴに飾られているが…

ジブリに掲げられていたという条件の貼紙の画像は、『夢と狂気の王国』というジブリのドキュメント映画のワンシーンと思われます。 

夢と狂気の王国 [Blu-ray]

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本編の48分11秒あたりにワンカットとして出てくるので、どこに貼ってあって、どういう意味があるかは、映画では語られません。撮られた日付も不明ですが、もし時系列どおりに進んでいるのであれば、この後にコミケの映像が出てくるので、2012年12月ごろか、ということになります。少なくとも、この映画の撮影は2012年秋からとなっているので、それ以前ではないでしょう。

 

さて、ちょちょっと調べるとすぐわかるのですが、これは、鈴木敏夫プロデューサーが「ある会社を訪れた際に拾ったもの」であり、それをドワンゴの川上量生会長が譲り受けたもの、という記載があります*1

 

これは、2012年5月24日に放送された、『カンブリア宮殿』のドワンゴの回で取り上げられたもののようで、その時のインタビューを書き起こすと以下の通り。

 

川上「いや、社訓じゃぜんぜんないんですけど。ジブリの鈴木さんの部屋に貼ってあったんですよね。あれをね、ジブリの鈴木さんは拾ったんですよ。で、どこで拾ったかって言うと、ある、つぶれた会社のオフィスで拾ったらしいんですよね。あれは社訓じゃないんです。あれを社訓にすると、その会社はつぶれたんですよね。ただの飾りなんですよね」

 

なかなか食えない話です。

 

日付のずれ、つぶれた会社なのか会社はつぶれたのか

 

細かいところが気になる私としては、まず、日付のずれが気になります。

 

『カンブリア宮殿』の放送は「2012年5月」で、『夢と狂気の王国』の撮影開始は早くても「2012年秋」。単純に「譲り受けた」としたら、『夢と狂気の王国』撮影時には、ジブリにこの条件が飾ってあってはいけません。

 

ソースによっては「川上が鈴木さんから分けていただきました」とあるので*2、おそらくはジブリにあった「条件」の紙をドワンゴの川上氏はコピーさせてもらったと考えるのが妥当でしょう。ジブリに飾ってあったのは、ただのクリアファイルにセロテープで貼ってあっただけですし。それならば、いまだにジブリに飾ってある可能性も大いにあります。

 

あと、『カンブリア宮殿』では、「つぶれた会社のオフィスで拾った」とあり、そもそも倒産していたオフィスの会社で拾った、というようにも聞こえます。鈴木が拾った後で会社がつぶれたのか、すでにつぶれていたのか、実はちょっと不明です。いずれにせよ、会社はつぶれたわけですが。

 

そんな細かいところどうでもいいかなあとは私も思うのですが、話というのはこういう微妙なゆらぎからいろいろおひれはひれがついてくので…

 

そもそもの元ネタはなにか

 

いずれにせよ、これはジブリの鈴木プロデューサーが考え出したものではなく、どこかの会社の社訓めいたものである、ということになります。

 

では、そもそもこの「社訓」はどこ由来のものなのか。

 

実は調べるとすぐに、日本電産を設立した、現会長の永守重信の言葉であることがわかります。

tsubasa.blog.cybridge.jp

日本電産といえば、精密小型モーターの開発で世界トップシェアを誇る、おしもおされぬ大企業です。ぜんぜんつぶれた会社ではありませんね。永守はどのような文脈でこの条件を掲げたのでしょうか。

 

永守の書いた『情熱・熱意・執念の経営』(PHP研究所)では、こう記されています。

 

 わが社は一九七八年に最初のスローガンをつくり、以来、毎年新しいスローガンを加えてきました。第一回目のスローガンは、人材の確保に四苦八苦していた時期にもかかわらず「去ってほしい社員の条件」として、次の七項目をあげています。*3

 

つまり、この社訓めいたものとして伝えられている7か条は、日本電産創立当初の、今から40年近く前の社内スローガンだったということになります。日本電産の設立は1973年ですので、永守も書いている通り、まだ事業が軌道に乗っていない時期にもかかわらず、なかなかこれを掲げるのは勇気の要ったことでしょう。

 

また、永守はこれに対となる形で、「登用される社員の七条件」を載せています。

 

・健康管理のできる社員
・仕事に対する情熱・熱意・執念を持ち続ける社員
・いかなるときもコスト意識を持てる社員
・仕事に対する強い責任感を持てる社員
・言われる前にできる社員
・きついツメのできる社員
・すぐ行動に移せる社員*4

 

こちらが広まらなかったのは、要するにインパクトの問題でしょう。働いていれば、どちらも当たり前っちゃ当たり前のことですが、やはり「去ってほしい」という言葉はインパクトがあり、永守が第一回のスローガンに使った理由もわかります。

 

永守はどんな人間か

 

さて、こんなことを書いた永守はどんな人間なのか。

 

面白いエピソードがいくつかあります。

 

たとえば、現在も行われているかは不明ですが、彼の会社では新入社員は一年間トイレ掃除をするという習慣があるそうです。しかもブラシなどはつかわず、素手だけで汚れを落とすんだとか。うーん、今のネット民が聞いたら卒倒しそうですね。

 

1976年度の新卒採用試験では「大声試験」という、その名の通り声が一番大きい人から順に採用するというものをやってみたり、1978年度には「早飯試験」という、弁当を早く食べた人を採用するという試験をしてみたり、なかなか型破りです。

 

とにかく仕事第一の人間で、株式会社コパルを立て直すために、1936時間の労働時間を1992時間に、二年目は労働基準法目いっぱいの2080時間に引き上げるなど、ブラック企業のそしりを受けそうなことをやっていきます*5。2008年には、そうした永守の、「ハードワーク」に関する発言が波紋を呼んでいます*6。自身も、休日は「正月元旦の午前中だけ」*7と豪語するほど、言行一致の傑物です。

 

言ってしまえば、昭和の「24時間働けますか」のスタイルで会社を大きくしてきた人物であり、そしてそれを今も実践している人間でもあるわけです。彼自身も、これが全ての人間にあっているとは考えていません。

 

うちみたいな精神の会社に来るような人は、一風変わった人だと思います。ふつう、こんな会社にきませんからね。*8

 

彼の理念を「時代錯誤」と批判するのは簡単ですが、その認識をもちながらなおも自分のスタイルを徹底して維持し続けるという姿は、私は僭越ながら、敬意を抱くものだと思いますし、その思いを持った人が、会社に残っていくのでしょう。

 

しかし、永守は、いわゆる「ネット・ベンチャー」の企業は嫌っていて「会社作ってすぐ株価が一億円?経営者になるためには、苦難の道を幾つも越えなければならないんです」*9と、批判的です。ドワンゴが苦難の道を歩まなかったかは知りませんが、そういうネットベンチャー系の企業に、永守の格言が飾られている、というのも、なかなか皮肉な話です。

 

 

今日のまとめ

 

①「去ってほしい社員の条件」は、元々はジブリの鈴木プロデューサーがある会社から拾ってきたものであり、恐らくそのコピーをドワンゴの川上会長に渡したものと思われる。ジブリに現在も飾られているかは不明である。

②「去ってほしい社員の条件」の元々は、日本電産会長の永守重信が、1978年に第一回目の年間の社内スローガンとして掲げたものである。日本電産は精密小型モーターの世界トップシェアであり、第一に掲げた企業としてはつぶれていない。

③永守は「仕事第一」の人間であり、彼の嫌っている「ネットベンチャー」の企業に彼の言葉が飾られているという皮肉な現象となっている。

 

強い言葉にはいろいろな異論が出るものですが、結局それは、誰もが自分の未来を見通せないからです。それは現代に特有の現象ではなく、本来であればずっと昔から人間は未来なんてわからないはずなのに、なんとなく見通せている気分になってしまっているからではないかな、と私は思います。

 

宮崎駿は、『夢と狂気の王国』でこんなことを述べています。

飛行機の設計家とか、機械を設計した人たちって言うのは、どんなにそん時は善であると思ってやっても、やっぱり時代の風化の中で、機械文明そのものの手先になるから、無傷じゃないんですよ。呪われた夢なんです。(中略)今の人類の夢っていうのは、みんな呪われてますよ、どっかで。美しく呪われた夢っていうことが多いんですよ。

私たちはつい、美しい夢だけを追いがちですが、しかしこの世界はそもそも清濁あわさった、美しく呪われた世界であるわけです。働き方ということについては、各種いろいろな言説があるものですが、かたっぽだけの面ばかり見ていてはうまくいかないと、自戒をこめて思います。

 

 

*1:ドワンゴ・川上量生会長が飾る 「去ってほしい社員の条件」 - withnews(ウィズニュース)

*2:天久聖一の「家庭遺産」去って欲しい社員の条件 - 特集・オピニオン:朝日新聞デジタル

*3:『情熱・熱意・執念の経営』(PHP研究所)P135

ちなみに、現在流通しているものとはてにをはが少々違います。

・知恵のない社員

・言わなければできない社員

・すぐ他人の力に頼る社員

・すぐ責任転嫁をする社員

・やる気旺盛でない社員

・すぐ不平不満をう社員

・よく休みよく遅れる社員

*4:前掲書P136

*5:『カリスマたちは上機嫌』梅沢正邦(東洋経済新報社)P114

*6:asahi.com:「休みたいならやめればいい」急成長の日本電産社長 - ビジネス

全文表示 | 「休みたいなら辞めろ」発言は言語道断! 連合会長、日本電産社長を批判 : J-CASTニュース

*7:『どん底からはい上がれ!』村田博文(財界研究所)P29

*8:『どん底からはい上がれ!』P37

*9:『カリスマたちは上機嫌』P119