私はNTR、いわゆる寝取られジャンルと呼ばれるものにあんまし興味はないのですが、フランスではその表現が多彩ですよ、というお話。
フランス人、NTRジャンルひとつとっても、寝取られる男の性質で「コキュ(寝取られていることを知らない男)」「コルナール(寝取られてショックを受けている男)」「コルネット(寝取られても動じない男)」と個別の呼称を付けてるしあいつら生粋の変態ですよ
— キクチバ (@kikutiba) 2017年4月17日
寝取られ男の表現が状態によって3種類もあるなんて、フランスは未来にいきてんな、という感じですが、同時に、「まーたテキトーなツイートか」と思っちゃうことも事実です。
ということで調べてみたら、意外に本当であるようなんですが、やっぱり意味がちょっとずれているようだったので、詳述していきたいかと思います。
そのフランス語は存在するか
「コキュ」「コルナール」「コルネット」なるフランス語が存在するかを、まず調べてみましょう。フランス語は全くわからないので、辞書を存分に活用します。
まず、「コキュ」について。
白水社の『仏和大辞典』(1981)では、以下の通り*1。
cocu,-ue(coucouの古異形/かっこうの雌は他の鳥の巣で卵を産むことから)
◆(卑)妻を寝取られた、妻に裏切られた、妻に間夫をつくられた夫
◆[転じて](稀)夫を寝取られた女
◆[一般に]だまされた
◇~, battu et content[皮肉に]とことんまでおめでたい(夫)(妻を寝取られ、ぶたれてまだ満足しているボッカチオのコントから)*2
cocuはカッコウが語源なんですね。ちなみにcocueという女性ブランドがありますが、フランス語とは無関係だそうです*3。
大修館書店の『新スタンダード仏和辞典』(1991)では、以下の通り。
cocu(e)
1.(俗)コキュ、女房を寝取られた(間男された亭主)。
2.(稀)夫に裏切られた妻。*4
小学館の『小学館ロベール仏和大辞典』(1988)ではこんな感じ。
cocu(←coucou)
(話)妻(恋人)を寝取られた男。コキュ。
avoir une veine (chance) de cocu(話)途方もない幸運に恵まれる。ばかづきする。(注)妻を寝取られるという不運に見舞われた者は別のところで幸運に恵まれるという俗信から。
cocu, battu et content
(話)(女房を寝取られ、さんざん殴られて、それでもにこにこしている→)救いようのないほど意気地のない(注)ボッカチオのコントから。
[カッコウは他の鳥に卵を抱かせるため夫婦が共にいないので、不実の象徴と見られている。あるいは、「ラッパズイセン」の意から:比喩的に「花冠、被り物、だまされた人の意に変化]*5
小学館は、語源の説にカッコウだけでなく、「ラッパズイセン」も付け加えています。
念のためOxfordの英語版でも調べてみました。
cocu,-e
cuckolded,deceived
妻を寝取られた男、だまされる*6
さらに念を入れて、仏仏辞典でも調べてみました。
COCU,UE
de coucou, dont la femelle pond ses æufs dans des nids étrangers
カッコウは他の巣で卵を産むことから
1 Personne dont le conjoint, le partenaire est infidèle
パートナーに浮気をされた人*7
というわけで、「コキュ」は「寝取られた男」として存在するようです。しかし、辞書的には「寝取られていることを知らない男」とまでは書いていません。しかし、悪口でもあり、嘲るように使う雰囲気はあるようです*8。
「コルナール」「コルネット」は存在するが…
続けて、「コルナール」「コルネット」も調べてみましょう。
■「コルナール」について*9
○『新スタンダード仏和辞典』(大修館書店)
cornard(俗)妻を寝取られた夫*10
○『小学館ロベール仏和大辞典』(小学館)
cornard(←corne)
①(話)女房を寝取られた男(=cocu)。
②[ガラス](炉の中のるつぼを出し入れするための)鉤型の道具。
③(隠)《軍隊》間の抜けた失敗*11
○『THE CONCISE OXFORD FRENCH DICTIONARY second edition』
該当なし
○『Le nouveau petit Robert: dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française』
cornard
Celui dont la femme est infidèle.>cocu
妻に浮気された男*12
■「コルネット」について
○『仏和大辞典』(白水社)
cornette(←corne)
◆(修道女の)角頭巾(愛徳修道会Filles de la Charitèの修道女などが1964年まで着用)
◆(古)(婦人の)寝間帽
◆(古)(比喩的に)女好きである
◆(古・卑)浮気な夫を持った女*13
○『新スタンダード仏和辞典』(大修館書店)
cornette
1.(昔の)女性用室内帽;[現用](修道女の)角頭巾;(話)修道女
○『小学館ロベール仏和大辞典』(小学館)
cornette (←corne)
①(修道女の)白頭巾:1964年まで愛徳修道会の修道女が着用していた大きく幅の広い頭巾。
②(昔の)婦人用室内帽;ナイトキャップ
③(複数で)[スイス]コルネット:くの字形のマカロニ。
④(古)室内帽をかぶった女;修道女;夫に浮気された女*14
○『THE CONCISE OXFORD FRENCH DICTIONARY second edition』
cornette
1.nun's headdress;
修道女の頭飾り
○『Le nouveau petit Robert: dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française』
cornette
1 Ancienne coiffure de femme. Coiffure de certaines religieuses.
旧式の女性の髪形。特定の宗教の髪型。*15
という感じで一通り見ていくと、「コルナール(cornard)」は「妻に寝取られた夫」の意味が、「コルネット(cornette)」は「夫に浮気された妻」の意味があることがわかります。あれ、「コルナール」はともかく、「コルネット」は男女逆になっちゃってますね*16。
加えて、NTR関係ではどうもどちらも古い言葉であること、そして、「寝取られてショックをうけてる」とかそういう細かい意味分けはなさそうであることなどがわかります。少なくとも、現代のフランスにおいては、「コキュ」はNTR関係の言葉として使用されていそうですが、他2つは少々表現が古いか全く使われていないものと考えられます。とはいっても、私はフランスにいったこともないので、現実世界でどうなのか、というところまでは断言できませんが。誰か詳しい人いたら教えてください。
ちなみに余談ですが、「cornard」「cornette」は、「corne」つまり、「角」から派生した言葉です。俗説としてフランスでは、浮気された男には「角が生える」という話があり、そこからNTR関係の言葉になったんだとか。ふーん。
フーリエの著書が初出
では、「寝取られてショックをうけてる」とかいった細かい意味分けは、いったいどこからやってきたのでしょうか。
ネットでさくっと調べると、実はWikipediaがひっかかります。
鹿島茂の『空気げんこつ』によると、フランス語には「寝取られ男」を表す言葉が下記のように3種類あるという。
コキュ - 浮気されていることを知らない。
コルナール - 浮気されて、激怒している。
コルネット - 浮気されていることを知っていても、泰然自若としている。
これは、2007年8月30日の記述で加わったので、少なくともその頃から、ネット上では話題に上がっていたようです*18
というわけで鹿島茂の『空気げんこつ』を読みます。
2015年が角川文庫の出版ですが、元々は1998年の文藝春秋のものです。Kindleのためし読みで実は該当箇所まで読めますが、私はちゃんと(?)図書館で借りてきました。
鹿島は「淫乱女は国を起たす」という章の中で、この「コキュ」「コルナール」「コルネット」の話を出しています。しかし、実はこの表現は、フランスの哲学者フーリエの『四運動の理論』の中の引用であることがわかり、別に鹿島が考えた言葉でもなんでもありません。
鹿島の引用しているのは澁澤龍彦文学館に納められているものなのですが*19、その澁澤龍彦は、巖谷國士訳のものを引用している、孫引き状態なので*20、素直に巖谷國士が訳した『四運動の理論』から、該当箇所を引用します。
フーリエはかなりクレイジーな18-19世紀のフランスの哲学者ですが、彼の一番有名な著書である『四運動の理論』(1808)は「社会的、動物的 有機的、物質的」という「四運動の理論」から、今までの哲学を否定し、各種提言をしている、はっきりいって独特すぎて難解な本で、私も真面目に読んだことはありませんでした。
今回の「コキュ」云々のくだりが出てくるのは、「累進所帯または九集団部族」という章です。フーリエは結婚やその家庭生活というものを全否定しており、曰く、
裕福な人々を除けば、われわれの家庭生活は夫にとって少しも愉快なところがないように思われる。*21
結婚は悪人に報いるために発明されたもの*22
だがそれでもなお夫は、自分の後宮を捨ててひとりの主婦の奴隷となり、かわりの男の接近を許したあげく怪しげな子供をおしつけられたりしないように、妻のかたわらで孜々として夫の務めをはたさねばならない*23
とまあ、よっぽど嫌なことがあったのか、散々な言い方をしています。
フーリエは、この結婚制度によってうまれる「不愉快」が8つあるとし、その中に「間男」の存在を入れています。鹿島によれば、当時のフランスにおいては女性の性に関してはかなり自由で、「フランスの既婚女は、貴族と民衆にかぎっては、まったく自由なセックスを享受していた」*24と、当時、女性に浮気される男は多かっただろうということです。
で、フーリエはこの状況を「不愉快」として、「累進所帯」なる制度を考えます。「累進所帯」については一口に説明できないのと本筋に関係ないので省略しますが*25、フーリエはこの制度を考えた時に、「間男(寝取られ)」がいかに滑稽であるかを証明するため、寝取られを「九段階」に定義します*26。
が、フーリエはそれは全て挙げず、「目立った三つの種類」だけを挙げ、それが「コキュ」「コルネット」「コルナール」なのです。以下、引用します
すなわち、寝取られた夫(コキュ)、頭巾をかぶった夫(コルネット)、角をはやした夫(コルナール)の三種である。
一、コキュと通称されるものは、自分の不名誉に気づかないで、妻をひとりじめにしていると思いこんでいる尊敬すべき焼餅男のことである。世間が感心にも遠慮して彼の幻想を保っているかぎり、人はそもそも彼を冷やかすべき理由がない。彼としても何だかわけのわからない侮辱に対して怒ったりできようか? この場合滑稽なのはむしろこの夫におべっかを使い、自分が故意におなじ女をわかちあうこの夫に対して平伏する誘惑者の方である。
二、コルネットというのは、所帯の恋愛に飽きたのでよそへ羽根をのばそうと思い、妻の振舞には目をつぶって、子供はひとりも許さないという条件のもとに、公然と妻を好き者の手に委ねる夫のことである。こんな夫はまったく冷やかす余地がない。それどころか彼は、自身には角がないような顔をして、堂々と他人の角を批判する権利をもつのである。
三、コルナールというのは、妻の不貞を充分に知りながら、妥協に達しない滑稽な焼餅男のことである。これは運命の定めに逆らおうとする短気者であるが、その逆らい方がおよそ拙劣で、無益に警戒したり怒ったり騒いだりするために、物笑いの種となるのである。角をはやしたコルナールといえば、モリエールのジョルジュ・ダンダンが申し分ない見本である。
で、フーリエは、このうち「コキュ」に関して、コキュは「名誉を全うしている」が、「間夫」はいかに滑稽で品位を下げているかを切々と語り、「恥さらしの種」だと断言しています。何か嫌なことでもあったんでしょうか。
と、いうように、この上記の3つの表現が変形したものが、現在ネット上に出回っているものです。不正解とはいえませんが、特に「コルネット」は、「寝取られても動じない」というわけではなく、「オレも遊ぶからお前も条件付で遊んでいいよ」という、現代的にはなんだかなあというタイプだということです。
鹿島は、当初は「少なくとも滑稽でも哀れでもない二番目のコルネット」を選んできたフランスの男たちであったが、ブルジョワジーという自らの手で女房も財産も勝ち取ってきた階級が生まれたことで、彼らは「女房」という財産を捨てるような「コルネット」に甘んずることを許さず、婚前交渉を禁じるなど偽善的な「性道徳」が生まれ、フーリエはこのことを批判したのではないか、としています*28。フーリエは女性の自由をかなり唱えてきている人なので、この分類を通して、不文律的に展開される性のタテマエと間男を批判したかったのでしょう。
一般的な表現だったのか
しかし、ここで疑問に思うのが、この区分というものは、あくまでフーリエが考えたものであり、当時のフランスにおいて一般的だったのか、ということです。
『四運動の理論』は彼の死後にも改訂版が出ているのですが、寝取られの「九段階」について、1841年版にこんな注がついています。
これの完全な分類表には、コキュの卵から死後のコキュにいたるまでの六十四種類が含まれ、それぞれ累進的に、網、目、層に分類されている。私がここで三種類しか叙述しなかったのは、他の多くの問題と同様これについても、『概論』においてどのように発展させるのが適当かを打診したかったからである。*29
つまり、フーリエは、「コキュ」「コルネット」「コルナール」のほかにあと61種類も「寝取られ」について分類を考えていたという事です。んん?多彩なフランス語でもそんなにはないんじゃないか?
例えば、1821年・1827年の仏英辞典にはそれぞれ、「Cocu」の意味には「cuckold」の「寝取られ男」の意味しか載っておりません。
一応、1820年の仏仏辞典もあたりましたが、似たような意味だけです。
侮蔑する言葉で、妻が不貞を働いている…みたいな意味だと思うんですが。
「Cornette」や「Cornard」に関しても、フーリエが書いたような意味のある辞書はありませんでした。
婦人用の寝間帽やコーンフラワーなどの意味のみ
婦人の髪型(もしくは帽子)のことや、騎兵隊旗の話などしかないように読めます。
Cornardも「cuckold」で、寝取られ男だけを指しているようです。
なので、当時の仏英や仏仏の辞典を見る限り、細かく分類分けをしているようには見えません。
もっと確実なのは、19世紀前半のフランス文学を原書で読み、その使われ方を研究することでしょうが、さすがにそんなことはできないので、多少保留扱いとはなりますが、私は、この「コキュ」「コルナール」「コルネット」自身は、NTR関係の言葉として使われていた経緯はあるでしょうが、細かい分類については、フーリエ独自の分類によるものだったのではないか、と推察をいたします。
今日のまとめ
①「コキュ(cocu)」「コルナール(cornard)」「コルネット(cornette)」というフランス語は存在するが、NTRの使い方では「コキュ」のみが現代で使われており、「コルナール」「コルネット」は古語に近い用法であると思われる。
②現在ネット上に散見される3種のNTRのフランス語の分類の初出はフーリエの『四運動の理論』からであり、フーリエ自身はこれを、フランスの偽善的な性道徳の批判として使用していた。
③ネット上に広がるきっかけは、鹿島茂の『空気げんこつ』からの引用であり、それが徐々に改変されていったように見える。
④ただし、フーリエの分類が当時のフランスで一般的だったかどうかは疑問の余地が残る。
とはいっても、「間男」の言葉だけで、いくつも表現が存在するフランスは、さすがアムールの国だと思います。フランス語のそういうところの多彩さ、というものは、色あせないものでしょう。
あとは、今回はフランス語をGoogle翻訳に頼りながら読んだので、ちょっと自信のないところもあります。いちばんいいのは、現役フランスネイティブに聞くことのですので、誰かお友達がいたら訊ねてみてください。
*1:以下辞書の記述は、適宜発音記号などを省略していることご了承ください
*2:『仏和大辞典』(白水社)1981 P504
*3:
なかなかこの記事はおもしろかったです。
*4:『新スタンダード仏和辞典』(大修館書店)1991 P340
*5:『小学館ロベール仏和大辞典』小学館 1988 P487
*6:『THE CONCISE OXFORD FRENCH DICTIONARY second edition』P106
*7:『Le nouveau petit Robert: dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française』(2010) P456
*8:
フランスでは「お前の母ちゃんでべそ」並みの悪口みたいですな。
普通は男性形のcocuがよく使われますが、これはちょっと昔風の言い方だと「妻を寝取られた男」という意味です。今風に言えば、「妻に不倫をされた夫」ということになるでしょうが、ニュアンスとしては「他の男性に妻を奪われた情けない男/馬鹿な男」といったところです。誰かを馬鹿にするときなどに、ののしり言葉としても使われたりします。
*9:白水社の『仏和大辞典』でも載っていたんですが、コピーし忘れてしまったので掲載しておりません。意味は各社共通です
*10:前掲 P404
*11:前掲 P576
*12:前掲 P545
*13:前掲 P593
*14:前掲 P577
*15:前掲 P546
*16:cornetteは女性詞なので、男性詞は「cornet」ですが、これはコーンカップや胃袋の意味ばかりで、NTR関係の意味は載っていませんでした。また、「cornette」には「騎兵隊旗」などの他の意味もありますが割愛しました
*17:しかしながら、wikipediaの記述は誤りが多いです。
たとえば、コキュを「cocue」と表記していますが、これは女性詞になるので、「夫を寝取られた妻」の表現になってしまいます。また、後述するように、この3分類は鹿島茂が書いたというわけではなく、あくまでフーリエの表記を引用したに過ぎません。
*18:
*19:
これの4巻の「ユートピアの箱」です。
*20:というか、現在日本で出版されている『四運動の理論』は、巖谷訳のものしか存在しません
*21:『四運動の理論』(現代思潮社)1987 P188
*22:前掲書 P190
*23:前掲書 P192
*24:『空気げんこつ』ネスコ 1998 P21
*25:それでもすごおくとっぱらって説明すると、9つの利害的な部族をつくり、その集団の中で家族的なものを形成することです。少々共産主義に近い。女性は、「一妻多夫」制のような形となり、前述したような「不愉快」な出来事はなくなるというわけです
*26:巖谷は「間男」と訳していてちょっと混乱するのですが、これは「寝取られ」という形容詞的意味の間男であり、寝取った人自身ではないです
*27:前掲書 P213-214
*28:前掲書 P21-24
*29:前掲書 P218