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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

パリ症候群の24時間ホットラインは存在しない、ウソっぽいホントっぽいウソの話

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どうも日本にある海外記事の紹介は、眉唾物が多いのですが、その中でもらばQさんという、海外記事紹介サイトはいつもきちんとしている印象があります。ソースもちゃんと載せるし、翻訳もおかしくないし。

が、今回見つけた「「どう考えてもウソっぽいのにホントの話」いろいろ」という記事は「あれ?」という感じだったので、ご紹介いたします。

labaq.com

これは、RedditというSNSサイトの質問掲示板みたいなところからピックアップされたような記事構成なんですが、ちょっと真偽があやふやなものが混じっている感じです。

特に、冒頭にある「パリの日本大使館には、「期待してたパリと違う」とショックを受けた日本人観光客を心理的に支援する24時間ホットラインがある」というウソっぽいホントの話は、ホントじゃなさそうだったので、調べてみました。

  

***

 

Redditに投稿した方は、

The Japanese embassy in Paris has a special 24-hour hotline for Japanese visitors who can develop debilitating psychological problems because the city is not as nice as they imagined it to be.

として、BBCの記事をのっけています。

記事はこちら。

BBC NEWS | Europe | 'Paris Syndrome' strikes Japanese

 

2006年12月20日の記事で(古いですね)、「パリ症候群(Paris syndrome)」というものがあり、きらびやかな「パリ」をイメージしてやってきた日本人が、現実のパリジャンの態度の悪さに「ショックを受け」、精神的に落ち込んでしまう、というようなものです。これは、日本の社会は「礼儀正しく」「相互扶助」の社会であるのに対し、パリジャンの個人主義的な対応がいまいち受け入れられないといったところに原因があるようです。ふうむ。

で、BBCはこう続けます。

The Japanese embassy has a 24-hour hotline for those suffering from severe culture shock, and can help find hospital treatment for anyone in need.

日本大使館は深刻なカルチャーショックを受けた人のために24時間のホットラインを開設しており、治療が必要な人の病院を探す手助けをしている。

天下のBBCが書くからには間違いがないんじゃないのか、と思いつつ、早速、在フランス日本大使館のHPを覗いてみます。

 

在フランス日本国大使館 - Ambassade du Japon en France

 

うーん、リンクがたくさんあってよくわからないのですが、「医療」関係かな、と思いつつ見てみると「日本語の通じる病院・医師」というリンク先があります。たぶん、英語もフランス語もばりばり出来る人はあんまり「パリ症候群」にかからなさそうなので、このページを見てみましょう。

 

日本語の通じる病院・医師|在フランス日本国大使館

 

まず目につくのが「日本語24時間サービス」の記載がある「HOPITAL AMERICAIN」。しかし、日本語対応の診療科目に「小児精神科」はありますが、一般的な心療内科の記載はありません*1

 

では、その下にある大使館顧問医の「太田博昭医師」のことなんでしょうか。しかし、電話番号はあるものの、これが24時間つながるのかどうかは、どこにも記載がありません。

しかしこの医師の名前には聞き覚えがありますね…。「Hiroaki Ota」…

 

あ、BBCに出てましたね!

It was a Japanese psychiatrist working in France, Professor Hiroaki Ota, who first identified the syndrome some 20 years ago.

このフランスの日本大使館の顧問医の「太田博昭」先生は、そもそも「パリ症候群」を提唱した方なんですね。本も出してます。というかこの本がきっかけで日本では「パリ症候群」が知られるようになったのでしょう。 

パリ症候群 (TRAJAL Books)

パリ症候群 (TRAJAL Books)

 

WIkipediaによれば、2004年の「Nervure」という精神医学誌に掲載された太田と他のフランス精神科医の共著により、対外的には有名になったそうです*2

一応、そのときの論文についても探しました。

Les japonais en voyage pathologique à Paris : un modèle original de prise en charge transculturelle. | Association Françoise et Eugène MINKOWSKI

太田さんはずっと大使館の顧問医のようで、1988年から、このような症状に陥った日本人の対応をしてきたそうです。

 

ということは、恐らく「日本人観光客を心理的に支援する24時間ホットライン」というのは、この「太田博昭」医師の電話番号のことを指すのではないか、と思われるわけです。

 

そこで、WebArchiveから、いつごろからこの「太田博昭」医師の電話番号が大使館に掲載されるようになったか調べてみます。

すると、2003年6月6日のキャッシュには、「日本語の通じる医師・病院」という欄に、太田先生の名前が出てきます。

在仏 日本国大使館

逆に言うと、それ以前にはそのような記載はなく、そもそも「日本語の通じる医師・病院」という記載もありません*3

 

ここからは完全に憶測になりますが、2004年の研究の発表により、メディアにも取り上げられた際、太田医師は、2003年から大使館のページに掲載している自分の電話番号のことを教えたのではないでしょうか。そのときのニュアンスは「自分はいつでも日本人観光客からの連絡を受け付けるよ」みたいな感じだったのかもしれません。

それが大きなメディアに取り上げられた際、まるで「パリ症候群専用の24時間ホットラインが大使館に開設されている」という、コールセンターみたいな、仰々しい感じになってしまったのではないでしょうか。

 

なので、「パリ症候群専用24時間ホットライン」というものは、少なくとも現在は大使館に存在していないといえます。あるのは、日本語が通じる精神科医の紹介の電話番号です(しかも24時間かどうか不明)。こういったこと自体は、多くはないとは言え、他の国でも行われていることなので、ことさらフランスに限ったことではありません*4。よって、らばQさんもそうですが、BBCなど他のメディアが取り上げている書き方も、なるほど、記載の発端は「パリ症候群」だったかもしれませんが、ちょっとニュアンスがずれているようにも思います。

 

というわけで、ウソっぽいホントっぽい話とみせかけた、やっぱりちょっとずれたウソっぽい話でした。もし在フランスの方で「いや、本当はそういうホットラインがある」という人はお知らせください。

 

*1:なぜか病院のサイトにつながらないので、キャッシュからの推測です。

主な診療科目 - Bienvenue à l’Hôpital Américain de Paris / Welcome to the American Hospital of Paris

*2:パリ症候群 - Wikipedi

ついでに、2004年のLiberationの記事はこちら。

Des Japonais entre mal du pays et mal de Paris - Culture / Next

*3:たとえば2002年12月13日のもの。

在仏 日本国大使館

*4:たとえば在アメリカ日本大使館。

Embassy of Japan in the United States of America

日本語で相談できるメンタルヘルスの施設を紹介しています。

ただ、大使館の顧問医が直接相談にのる、というのはめずらしいと思うので、それを「専用ホットライン」と呼べるといえば、呼べるのかな…