ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

日本の痴漢は多いのか、情報に大きいも小さいも

日本は治安がいい国とは言われていますが、性犯罪についてはそうでもないよというツイートが話題を集めていました。元のツイートは載せませんが、ポイントとしては、

 

①英米の大使館から以下の情報がでている。

②日本には痴漢がいっぱいいる。

③性犯罪はセカンドレイプされるだけでまともに捜査されない。

 

という点でしょう。どうせなので、各国の日本の性犯罪に対する渡航の注意喚起について調べてみました。

 

***

 

 

各国の日本への注意喚起について

基本的には、各国の外務省をベースとした渡航情報を元にした内容について調べてみました。

アメリカ

アメリカの国務省からの渡航情報では、以下のような注意喚起が出ています。

 

Laws governing rape, sexual commerce, and other activity involving sexual relations do not apply to same-sex sexual activity. This definition leads to lower penalties for perpetrators of male rape and greater legal ambiguity surrounding same-sex prostitution.

強姦、性的取引、その他の性交渉を規制する法律は、同性の行為には適用されません。この定義は男性の強姦の加害者への罰則を弱め、同性の売春を取り巻く法的な曖昧さをより強くしています。

Japan

 

同性、特に男性同士の性犯罪への注意喚起ですね。ただこの情報はもう古くて、強姦罪が被害者を「女性」に限定していた法律は既に改正されており、同性にも適用される「強制性交等罪」に改められました*1

 

 

他にも、国務省から日本でのアメリカ人の犯罪被害者についてのフライヤーが出ており、在日アメリカ大使館にリンクがのってます。

 

jp.usembassy.gov

 

このフライヤーの中には「SPECIAL INFORMATION 」ということで、性犯罪に関する項目が設けてあります。実際に被害にあったときの具体的な対処方法が載っているのですが、先ほどの同性の強姦についての記述や、刑事告発をしなければ起訴できないことや、医者が必ずしも女性でないことや、性犯罪の被害者の身元を守る法律がないことなどを挙げており、日本で性犯罪の被害をあうことが、以下に大変であるかという感じで書かれています*2。「まともに捜査されない」とは書かれていませんが、面倒な印象は受けます。また、「被害者の身元を守る法律がない」というくだりは、セカンドレイプ云々を想起させます。

 

イギリス

イギリスは政府の海外渡航の日本の情報のページに、「犯罪率が低く(Crime levels are low)」「夜歩いたり公共交通機関では通常は安全だ( It is generally safe to walk about at night and to travel on public transport)」としながらも、以下のような文章が載っています。

 

Japanese law places a high burden of proof on the victim to demonstrate that the sexual relations were not consensual and committed through assault, intimidation or force. Reports of inappropriate touching or ‘chikan’ of female passengers on commuter trains are fairly common. The police advise that you shout at the perpetrator to attract attention and ask a fellow passenger to call the train staff.

日本の法律は、性的関係が、暴行や脅迫、強制によって合意していないことを証明するために、被害者側に高い負担を課しています。通勤列車における、女性の乗客への不適切な接触「ちかん(Chikan)」はかなり一般的に報告されています。警察は、乗客に助けを求めるために叫び、駅職員を呼ぶことを推奨しています。

Safety and security - Japan travel advice - GOV.UK

 

「Chikan」という言葉がそのまま使われていることに驚きますが*3、イギリスは「痴漢」の存在に触れていると共に、アメリカと同様、被害者側の高い負担を書いています。

 

カナダ

これはリプ欄で見つけたのですが、カナダにも同じような記載があります。

 

Women’s safety
Inappropriate touching may occur in busy subways and trains during morning and evening commuting hours.

女性の安全

朝と夕方の通勤時間帯の混雑した地下鉄や電車では、不適切な接触がおこる可能性があります。

Travel advice and advisories for Japan

 

痴漢のことを言っているのですが、カナダでも同じような印象があるようです。

 

フランス

ツイートは米英だけですが、他の国の渡航情報を見てみます。

 

フランスは外務省の渡航情報で、「セクシャルハラスメント」の項目がありますが、短いです。

 

Harcèlement sexuel

Au Japon, le harcèlement est qualifié de crime et passible d’une peine d’emprisonnement de 12 mois et/ou d’une amende de 1 million de yens.

セクシャルハラスメント

日本では、性的嫌がらせは犯罪であり、1年の懲役、または罰金100万円が課せられます。

Japon

 

「セクシャルハラスメント」を、どの範囲まで含むかが不明瞭ですが、あまり細かい説明はありません*4。フランスはそれよりも、麻薬についての項目に量を割いています。

 

ロシア

ロシア外務省は、日本の犯罪については以下のように記載しています。

 

Преступность в Японии находится на относительно низком уровне.

(中略)

Значительная доля правонарушений связана с угоном транспортных средств, в основном велосипедов (до 500 тыс. случаев).
В последнее время в стране выросло количество уличных грабежей, совершаемых молодежью, возросло телефонное мошенничество, связанное с переводом денежных средств, а также махинации с банковскими и кредитными картами.

日本の犯罪は比較的低いレベルにあります。

(中略)

最も多い犯罪は車両の盗難に関するもので、そのほとんどが自転車です(50万件以上)。

近年では、若者による路上の強盗が増加しており、振り込め詐欺やクレジットカード詐欺などが増えています。

Консульский Департамент МИД России

 

ロシアは性犯罪については全く触れられていません。盗まれるのは自転車だけかい、というノンキな印象も受けます。

 

興味深いのは、ロシア外務省は日本の婚外子について触れており、「日本の民法では、違う国籍間で生まれた子どもと同様に、婚外子の子どもの権利についても区別している(Семейное законодательство Японии является дискриминационным в отношении прав детей, рождённых вне брака, а также прав супругов и детей в смешанных браках.)」とわざわざ書かれています。

 

ドイツ

ドイツの外務省は、日本の犯罪について以下のように記載しています。

 

Kriminalität
Die Kriminalitätsrate in Japan ist niedrig. Allerdings kann es vor allem in den Abendstunden und nachts in den Stadtbezirken Roppongi und Shinjuku (Kabuki-cho) in Tokyo zu Kreditkartenbetrügereien kommen.

犯罪

日本の犯罪率は低いです。しかし、東京の六本木や新宿(歌舞伎町)では、特に夜間にクレジットカード詐欺が発生することがあります。

Auswärtiges Amt - Japan: Reise- und Sicherheitshinweise

 

ぼったくりバーではないですが、睡眠薬などで眠らせ、過度の請求を受けるみたいな感じですね。ただし、性犯罪については特に記載がありません。

 

中国

中国は、外務省の各国の渡航安全情報が見つけられなかったのですが、各大使館にそれぞれの国についての情報が書かれていたので、そちらを記載します。

 

遭遇偷盗、抢劫、行凶、人身伤害等危险时,首先要保证自身生命安全。同时记住不法分子的特征,脱离危险后尽快报案。

盗難、強盗、暴行やケガに遭った場合は、まずは自分の身の安全を確保してください。同時に、加害者の特徴をよく覚えてください。

赴日须知

 

こちらも性犯罪について特別には言及されていません。

 

ガイドブック

ついでに、英語版の日本のガイドブックを2冊読んでみました。

 

Lonely Planet Japan 14

Lonely Planet Japan 14

 

 

Fodor's Japan (Full-color Travel Guide)

Fodor's Japan (Full-color Travel Guide)

 

 

Fodor'sは安全に関する項目についてこう書いています。

 

Even in major cities Japan is a very safe country, with one of the lowest crime rates in the world. You should, however, keep an eye out for pickpockets and avoid unlighted roads at night like anywhere else.

大都市の中においても日本はとても安全な国であり、世界的にも低い犯罪率を誇っています。しかし、他の場所と同様、スリに注意したり街灯のない夜道を避けるといったことは必要です。

Fodor's Japan 2014 P846

 

そのあと、Fodor’sは地震などの自然災害について述べています。

 

Lonley Planetの方は、わざわざ「女性旅行者(Women Travellers)」の項目を設けています。少し長いですが引用します。

 

Japan is relatively safe country for women travellers, though perhaps noto quite as safe as some might think. Crimes against women are generally believed to be widely under-reported, especially by Japanese women. Foreign women are occationally subjected to some forms of verbal harassment or prying questions. Physical attacks are very rare, but have occurred.

日本は女性の旅行者にとって比較的安全な国ではありますが、おそらく一部の人が思うほど安全な国ではありません。女性に対する犯罪は通常、特に日本の女性について広く報告されています。外国人の女性は、時々、言葉による嫌がらせや詮索好きな質問をうけるでしょう。

 

The best advice is to avoid being lulled into a false sense of security by Japan's image as one of the world's safest countries and to take the normal precautions you would i your home country. If a neighbourhood or establishment looks unsafe, then treat it that way. As long as you use your common sense, you will most likely find that Japan is a apleasant ad rewarding place to travel as a woman.

 

最もよいアドバイスは、「世界で最も安全な国」という日本のイメージによる誤った安全上の感覚に惑わされることをやめ、あなたの国と同じような防護措置をとることです。もし近所やその建物が安全でないように見えるならば、近づかないようにしましょう。あなたが常識的な判断で動く限り、日本は女性が旅行するには魅力的な見返りのある場所でしょう。

lonely planet Japan(2017) P890

 

また、「痴漢」についても言及しています。

 

Several train companies have introduced women-only cars to protect female passengers from chikan (men who grope women and girls on packed trains).

いくつかの鉄道会社は女性をChikan(女性や少女を混雑した電車で触る男性)から守るために、女性専用車両を設けています。

前掲書 P890

 

概観を見るに、英語圏においては、日本という国は、性犯罪(男女問わず)に対して、不安材料がある、というのが現在の一般的な見方なんでしょう。

 

国ごとに注意喚起に差があるのは、結局その国の人間がどんな被害にあっているのか、という報告の差にあるんではないでしょうか。それが婚姻関係の問題であったり、麻薬の問題であったり、英語圏の国々では、痴漢や性犯罪に関する被害が大きなウェイトを占めているのかもしれません。これは推測にはなりますが。

 

他の国に痴漢はないのか

しかし、電車内での痴漢が日本特有のものである、という考え方は少々短絡的だとは思います。

たとえば、ロンドン交通局Transport for London(TfL)は、このような列車での性的嫌がらせについて調査しています。

 

TfL said there were 567 sexual offences reported on London Underground (LU) and on Docklands Light Railway (DLR) in 2014/15 compared with 429 in 2013/14.

Tflは2014-2015のロンドン地下鉄とドッグラン・ライト・レイルウェイでの性犯罪は、2013-2014の429件と比較すると、567件だったと報告された。

Reports of sexual offences on London transport rise by a third, TfL figures show | The Independent

 

数は増加していますが、Tflはこれをネガティブには捉えていません。先の調査では、9割の女性が電車内での性的嫌がらせについて報告しなかったことを伝えており*5、女性たちが声をあげ始めた結果、件数が増えたのだろうということです。

 

ちなみに最新の報告では、2016/17の件数は654件とのことで*6、単純に比較はできませんが*7、日本での電車内での強制わいせつの認知件数が2014年が283件であることを考えると*8、電車と言う公共機関での性犯罪が日本特有とはいいにくいのではないでしょうか。

 

他の国で調べてみても、たとえばニューヨークの地下鉄でも調査があり、

 

chief of transit for the New York Police Department, said that there have been 458 reported sex crimes in the subway so far this year, compared with 299 through the same period in 2015

ニューヨーク警察署の交通局長は、今までのところ(2016年)、地下鉄での性犯罪は458件報告されており、2015年が299件と比べると、不適切な接触や公共でのみだらな行為、望まない、もしくは盗撮されたビデオや写真撮影は53%増加した。

Sexual Harassment on the NYC Subway Has Increased More Than 50% | Fortune

 

という報告があります。

 

フランスでは、パリ郊外に住む女性600人にアンケートをとったところ、なんと100%が何らかの性的嫌がらせをうけた経験がある、という結果になったというものもあります*9

 

ドイツでは、2016年に、女性(と子ども)の専用車両を作るという鉄道会社の方針に議論が巻き起こっていました。

www.sueddeutsche.de

 

このような、公共交通機関を含む、外でのセクシャル・ハラスメント「Street Harasment」については、いろいろな国で調査が行われています。

 

www.stopstreetharassment.org

 

全てを同列に論じることは軽卒だとは思いますが、痴漢などの性犯罪が日本特有であるというように矮小化して考えるべきではない、とも思います。

 

今日のまとめ

①大使館や外務省での情報を見ると、英語圏においては、日本の性犯罪に関する言及が多い。

②ただし、公共での性犯罪については世界的に見られる部分であり、日本だけの問題ではない。

 

本論とはずれますが、私はこの件を見て興味深かったのは、このツイートのリプに、ソースを求める声が多かったことです。しかし、この前記事にした、温泉の死亡件数に関するツイート*10には、そこまでソースについて言及するリプは少なかった。

 

私はその違いを、政治的要素の含有量がどれほどあるか、に見ました。今回のツイートのリプ欄を見ると、なぜか安倍政権が云々と言う香ばしいコメントを書かれている方もいましたし、温泉の件に比べれば、政治的な要素は見いだしやすい案件だと思われます。人は政治的案件については情報源を気にして、雑学的案件にはそれほど興味を示さない、というような傾向があるのかな、と体感的には思います。

 

しかし、情報の真偽に大きいも小さいもない、というのが私のスタンスです。推奨するスタンスではありませんが、そういうことって大事だと思うんですけどね。

 

*1:

「強姦罪」女性以外も対象 「男性・性的マイノリティへの差別禁止」を附帯決議で明示

*2:

以上、Help for American Victims of Crime In Japanより抜粋

https://jp.usembassy.gov/wp-content/uploads/sites/205/2016/09/acs-victim-flyer.pdf

*3:

NYTなんかも記事にしていますね。

On Tokyo's Packed Trains, Molesters Are Brazen - NYTimes.com

*4:

フランスのこの項目は、被害者側よりも、加害者側の視点としての説明のような気がします。同じリンクを後述していますが、電車内での非接触型によるセクハラ(言葉による嫌がらせなど)は、フランスでは日常茶飯事のようだ、という報告もあります。

Sexual harassment rife on Paris trains - The Local

*5:

a TfL survey in 2013 that showed 15 per cent of women had experienced unwanted
sexual behaviour and 90 per cent of those had not reported it to the police.

Tflの2013年の調査によれば、望まない性的嫌がらせを経験した人は15%にのぼったが、その90%は警察に届け出なかった。

http://content.tfl.gov.uk/csopp-20171101-part-1-item06-crime-and-confidence-on-public-transport.pdf

*6:

3 In line with expectations, the number of sexual offences on London’s public
transport reported to the police increased by 50 per cent between 2014/15 and
2016/17 – 654 additional offences – and has more than doubled since 2012/13
(the baseline for Project Guardian).

http://content.tfl.gov.uk/csopp-20171101-part-1-item06-crime-and-confidence-on-public-transport.pdf

*7:

ロンドンの件数が認知件数なのかどうか、「sexual offences」と日本の電車内の「強制わいせつ」の事由がどこまで一緒なのかどうか、という点から、単純に比較はできないと考えます。

*8:

f:id:ibenzo:20180102154254p:plain

http://www.moj.go.jp/content/001178520.pdf

暗数の話をするときりがないので今回は省きます。

*9:

Sexual harassment rife on Paris trains - The Local

*10:

 

www.netlorechase.net