ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

日本の貧困は政策のミスなのか、ネコを信じよ

日本の貧困は「政策ミス」であるとする画像が出回っています。文字起こしすると、以下の通り。

 

カナダの大学の経済学で取り上げられたそうだ。日本の貧困者は薬物もやらず、犯罪者の家族でもなく移民でもない。教育水準が低いわけでもなく、怠惰でもなく勤勉で労働時間も長く、 スキルが低いわけでもない。世界的にも例の無い、完全な「政策のミス」による貧困だと

 

実はこのコピペ、出所がそこそこはっきりしており、「カナダの大学」自体は出所不明で、どうやら間違いのようなんです。ただ、それを元にこの話自体を「迷信」として処理する方がいたので(そして元ネタとする情報が誤っている)、既に前から指摘されていたのですが、一応まとめてみることにしました。

 

【目次】

 

 

2019年のブルームバーグの記事

さて、元ネタは2019年7月31日のブルームバーグの記事になります*1。執筆は日本通でもある*2経済学者のNoah Smith。ちなみに彼は経歴を見る限りはアメリカ出身で、大学もアメリカのようですので、カナダは関係なさそう(たぶん)*3

 

Many conservatives in the U.S. believe that poverty is mainly a result of bad personal decisions. African-Americans are especially likely to be blamed for their own poverty

米国の保守派の多くは、貧困は主に個人の間違った判断の結果であると考えています。特にアフリカ系アメリカ人は、自分たちの貧困を自身の責任として非難されることが多いようです

Stop Blaming America’s Poor for Their Poverty

Smithは、2016年に書かれた保守メディアのNational Reviewの記事(貧困は麻薬などの犯罪、下層階級の利己的で怠惰な生活にあるという主張)*4を引用しながら、その反駁として日本を例にとっています。

 

それが基本的には今回の画像に書かれているようなことで、

  • 犯罪の少なさ
  • 薬物依存の少なさ
  • ひとり親家庭の少なさ
  • 雇用率の高さ

を日本の特徴として挙げています。しかし、日本の貧困率はアメリカに次いで高いことを示し、NationalReviewが言うような、貧困を個々人の問題に帰するべきではないという主張をしています。

Smithは、日本では社会福祉に関する支出があまり高くなく(その大部分が健康保険に関するものが占めている)、セーフティネットに対するサポートがあまりないことを指摘しています。

 

https://www.bloombergquint.com/view/u-s-economy-personal-bad-behavior-isn-t-what-causes-poverty

 

つまり、彼の主張は、

「貧困の主因は経済構造によるものである(ため個人の責任の問題ではない)」

「解決策は強力な社会的セーフティネット」

というものです。

 

そのため、今回出回っている文章の最大の誤りは「日本という国は特別で、政策ミスによる貧困を生み出している」という点にあります。Smithの主張はそうではなく、「どの国であっても貧困は社会的政策の欠如によって生まれている」ということです。社会的なセーフティネットがうまくいかないから貧困が増えるというのはどの国だっておんなじだという話の例で、日本が引き合いに出されているだけです。

 

実は、冒頭のコピペを肯定してしまうと、Smithが否定した内容(犯罪や家庭環境や本人の問題で貧困が生まれる)も肯定してしまうことになるので、注意が必要です。貧困は犯罪率とかひとり親とかそういのは関係ないんだって話をしてるのに、「いやうちの日本は変な国でさ、犯罪も少ないのに…」となっちゃったらオカシイですよね。

 

バズったのは2021年10月25日

さて、このコピペが日本で激しく広まるきっかけになったのは以下のツイート。

桐島氏は、Facebookに掲載されている当該画像を文字起こししています。こちらも既に広まっていたようです。そちらは10月24日。投稿者の方もシェアしたものだということで、オリジナルはわからず*5

初出を探すのはこういうのは無理筋な場合がほとんどですが、twitterに10月22日の投稿でほぼ同じ文章があるところを見ると、一応そこまでは遡れます。ですが、明らかにコピペしたように見受けられるので、それよりももっと遡れるでしょう。

 

推測をするなら、このコピペは前項で挙げたSmithによるブルームバーグの記事の直後に原型がつくられたと見た方がよいのかな、と思います。

 

ブルームバーグの記事が出た2019年、NAVERまとめ(懐かしい)で、まとめられています。

 

web.archive.org

 

これは結構バズったようで、試しにツイッターで見出しの検索をかけるとかなりリツイートされたりしています。5ちゃんなんかにもまとめられ、みなさんいろいろと語っていたので、この時に、2021年で広まるような素地が作られたと考えられます。

 

ついでに付記すると、前項で挙げたSmithは、2012年にも同様の記事をブログ上で書いています。

 

noahpinionblog.blogspot.com

 

これも今回と同じく、貧困を薬物や家庭環境など、個人の責任に帰するBryan Caplanという経済学者への反論という体で書かれています。ただ、日本は犯罪率も低いし、薬物依存も少ないのに…みたいなところは一緒なんですが、貧困の原因自体については明確な回答がありません*6

 

「貧困を個人の責任にするな」という論調自体は昔からあり、それが年々受け入れられやすくなってきていたため、共感を得やすく、いろいろと形を変えながら各所に広まっていったと考えることができるでしょうか。

 

ファクトチェックはファクトか?

もちろん、このSmithの指摘が正しいかどうかは専門家と時間の手に委ねたいところでありますが*7、このコピペ自体を「迷信」として処理しているツイートが引っかかったので、そちらについて書いて今回はおしまいにします。

 

そのツイート主が「もと」として挙げていたのが以下の2011年の論文。

 

Why Did Japan Stop Growing? 

https://www.nira.or.jp/pdf/1002english_report.pdf

 

 

カリフォルニア大学の日本人研究者のものです。英語で読むのが辛いという方(私もです)、日本語版もございます。

 

何が日本の経済成長を 止めたのか?

https://www.nira.or.jp/pdf/1002report.pdf

 

で、読んでいただくとわかるんですが、この話、いわゆる「失われた10年」と呼ばれるような、高度成長期以降の日本の経済停滞の課題の原因について考察しているものなんですね。論文では、成熟経済のさらなる発展のための課題への対応の失敗(高齢化、輸出偏重、規制緩和の欠如、財政支出分配の失敗など)について細かく述べられています。

 

つまり、直接的に日本の貧困の話は出てこないし、ましてや犯罪率とか薬物とか、そう言った話もなんにも出てこない。正直に言えば、今回のコピペと何一つ関係がない論文に見えるんですね。ていうか、アメリカの話はひとつも出てこない。

 

大して注目を集めているツイートでもないんですが、「政権批判は正しい資料でするべきだ、みんなググれよ(大意)」という呟きをされていたので、そもそも正しい資料を提示していない点が少々気になりました*8。あまりの関係なさ具合に不安な気持ちで書いているので、何か見落としがあったら教えてください。

 

今日のまとめ

①今回のコピペの元は2019年のNoah Smithによるブルームバーグの記事。なお、同様の主旨の記事を彼は2012年にも書いている。「カナダの大学」の部分は彼とは関係がない。

②また、Smithの主張は「どの国においても貧困は経済構造によるものであり、それを防ぐには社会的セーフティネットが必要」であり、日本を特別視しているわけではない。

③①に関して当時のNAVERまとめがバズっており、今回のコピペの原型はそのあたりででき始めていたのではないか。

④このコピペ自体を「迷信」とするツイートもあるが、提示している資料に関係性が見られず、意図がよくわからない。検証した通り、説の正誤はともかく、そのような主張自体は存在する。

 

今回の話、けっこう「ソースは?」というツッコミが多かったですね。そのため、最後の項で挙げたような逆張りを示されると、けっこう簡単に信じちゃうので(私もそうでした)、注意が必要です。

 

何度も書いているんですが、政治的な内容については、その真偽について多くの人が気にする傾向にあるのですが、それ以外は鷹揚に構える方が多いように思います。私は、情報の捉え方という点については、その内容に優劣はないと思っているので、今回の件は、そちらの不均衡の方が気になりました。無条件で信じるのは自宅のネコぐらいにしておきましょう。

*1:

ちなみにSmithはほぼ同じ内容をツイートでも呟いています。

Noah Smith 🐇🇺🇦 on Twitter: "Japanese poor people do everything right - they get a job, avoid violence, don't do drugs, and don't have kids out of wedlock - and yet they're still poor.

*2:

日本をたびたび訪れているそうで、2002年からの変化を書いた呟きは興味深いです。

flip out circuits: ノア・スミスせんせの日本観察:この15年で変わったことは?

*3:

Bloombergの経歴にはan assistant professor of finance at Stony Brook Universityとあるけれども、「Noahpinion: Life Update: Leaving Stony Brook, joining Bloomberg View」によると、2016年には学界を去り、専門のライターとして働くみたいなことが書いてあるので、今の肩書は何だろう。

いずれにせよ、カナダの大学で教鞭をとったことはなさそうではあります。もちろん、他のどこかのカナダで経済学を教えている先生が講義のネタのひとつにした、という可能性自体は残ります。

推測が許されるなら、同じ名前でトロントで働いている人がLinkedinで見つかるので、そこらへんとごっちゃになったとか?

*4:

The Father-Führer | National Review

*5:

ただ、桐島氏と読点の位置が一カ所違うので、同じものをコピペしたんじゃなさそうなんですよね

*6:

一応、アルコール依存症が米国も日本も共通して課題であること、パレート分布から、相対的貧困率が日本や米国でなぜ高いか問うべきだという結論にはしています。

*7:

まず反論として、相対的貧困率で比較していることが間違いなのではないか、というものがありますね。ただ、Smithは2012年の記事ではそこらへんのことを考えているところを見ると、どうなんですかね、それも踏まえての話のようではあるんですけど。さすがにこの話の正誤までは荷が重いです

*8:

引用ツイートやリプを見る限り、まあ、たぶんその提示された論文をちらりとも読まない人たちばかりなので、もしかしたらわざとなのかな…とも思いました。