ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

WHOはなぜ成田空港の写真を使ったのか、RTピープル

みなさんお元気ですか。私は最近どうも疲れ気味で、色々な資料*1を借りてきては読み込むのですが、いまいち記事を書く気になれなくて、全てが放置されています(長めの近況報告)。

 

とはいっても、何か書かないと死んでいると思われそうなので、とりあえず目についたツイートからそこそこ面白そうなのをいくつかピックアップして、選んだのがこちらの記事。

 

世界保健機関(WHO)は1月30日、中国発の新型肺炎を、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と認定した。決定文を載せたWHOのホームページには、大きな写真が添えられている。(中略)

調べると、写真映像代理店ゲッティイメージズが1月24日に配信した写真である。説明には成田国際空港とある。
春節の旅行客が新型肺炎の感染を世界に広めたのは否めない。それにしても新型肺炎への緊急事態宣言に際し、もともとの感染源である中国以外の国の写真を載せるとは
WHOという機関は一体どんな神経をしているのだろう。

「日経の名物記者も憤る」WHOのあまりに露骨な中国びいき(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース

 

元のバズってたツイートは、どこぞやの学者さんがTopBuzzなるリテラシーが五里霧中のサイトの「WHO「コロナパンデミックの発生源は日本の成田空港。世界の皆さんはよく覚えておくように」」という見出しを引用してのものでしたが、ソースとしては上記の記事*2になります。

 

要するに、WHOが中国に忖度して日本の成田空港の写真を記事に使ったのではないか、というヤクザが因縁つけるみたいな話だったので、ちょこちょこ調べてみました。

 

【目次】

 

 

WHOの写真についての正確な話

 

そもそも今回話題になっているWHOが出したニュースは、IHR*3に基づいた、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)*4」の第2回会合についての声明に関するものです。1月30日当初、確かに最初は「成田空港」の写真が使われていました。

 

web.archive.org

 

この写真はGetty imageのもので、2020年1月24日、日本人カメラマンが撮影したもののようです*5

www.gettyimages.co.jp

 

 

また、既に指摘されていますが*6、この写真は現在差し変わっていて、遅くとも2月7日には変更されているようです。

 

web.archive.org(2020年2月7日アーカイブ)

 

ちなみに、変更されたこの写真は、一見して国がわかりませんが、これもGetty imageで、上海のもの。

 

www.gettyimages.co.jp

 

いつのものかはGettyには書いてないのですが、PeterAdamsというカメラマンの似たような素材が2016年3月のキャプションである*7ので、その辺りでしょう。

 

日経の記事が2月5日ですので、確かに記事以降画像が変更されているため、記事を書いたら「WHOが何と前触れもなくホームページの写真を差し替えた」と表現する気持ちもわかりますが*8、果たして日経の日本語記事なんか気にしますかね…。

 

WHOの写真の基準

くだんのWHOの記事は、Newsroom*9の中のコンテンツになるようですが、他の記事の写真はどんな感じになっているんでしょうか。

 

例えば、PHEICに関する1回目の会合の際の記事は、以下のものです。

 

web.archive.org

 

こちらの写真もGettyで、北京の駅の写真。

 

www.gettyimages.co.jp

 

この写真は1月21日のもので、やはり春節がらみで出発する母子を撮影したものを使っています。2回目のときもそうですが、このときは中国以外にはほとんど感染拡大はしておらず、まだ対岸の火事めいていたころのことです。「コロナウイルスは中国のこと」という認識だったでしょう。

 

他にも、サムネイルのみですが、

 

f:id:ibenzo:20200714224937p:plain

 

タイに感染者が見つかった際の記事の女性の写真は、これもタイで撮影されたもの*10を使っているようです。

 

つまり、記事内容に関係する国の写真を使う、という形式のものが1つ。

 

あとは、記事内容のイメージ写真。

 

例えば、コロナ対策として6億5700万ドルが必要だ、とした記事には、人ごみの写真が使われています。

 

web.archive.org

 

この写真は、後の「Strategic preparedness and response plan*11」の冊子の中でも同様に使用されていますが、この写真はタイのものです。

 

www.gettyimages.co.jp

 

途上国の支援が念頭にあるとは言っても、直接タイとは関係のなさそうな記事ですので、これはもう本当に雰囲気で選んだのだと思われます。これをタイの人は「タイ発祥にされた!」と怒るでしょうか。

 

くだんのWHOの記事は、「記事内容に関係する国の写真」を選んだというよりは、記事内容のイメージの写真(今回であれば感染拡大していた中国)を選んだ結果ではないか、という感じがします。あの成田空港の写真は、結構他のメディアでも当時使用されていました*12し、とりあえず関係ありそうなのを選んだというか…

 

 

確かに成田空港ではあるけれど…

まあ確かに、この写真は成田空港ではあるんですけど、この写真のメインって、中国人観光客であって、空港が日本かどうかってあんまり重要じゃないんじゃないんですかね。

 

Gettyのくだんの写真のキャプションには、以下の説明が書いてあります。

 

NARITA, JAPAN - JANUARY 24: A group of Chinese tourists walks outside the arrival lobby at Narita airport on January 24, 2020 in Narita, Japan. While Japan is one of the most popular foreign travel destinations for Chinese tourists during the Lunar New Year holiday this year...

2020年1月24日、日本の成田で、成田空港の到着ロビーの外を歩く中国人観光客のグループ。今年の旧正月の休暇中、日本は中国人観光客に最も人気のある海外旅行先の一つであるが(以下略)

 

また、キャプションのタイトルにはご丁寧に「China's Wuhan Coronavirus Spreads To Japan During The Lunar New Year(中国の武漢コロナウイルスが旧正月中に日本に蔓延)」というものまでつけられています。

 

日経の記事も、「春節の旅行客だと察しがつく」と自ら書いているように、写真を見れば、アジア圏に限らず、欧米圏でも春節の旅行の話は当時からも出ています*13し、中国人旅行客だろうと大体の人は思うわけです。そもそも日経の記事も、調べてみてようやく成田空港だとわかったぐらいなので、そんな写真を使うことが、果たして「コロナパンデミックの発生源は日本の成田空港」という認識になるでしょうか。ステルスうんちゃらみたいな?

 

事実は、「①中国人観光客が映っている成田空港の写真」「②①の写真が一見して地域のわからない写真に差し替えられた」のみです。日経の記者は、ここから

 

中国に忖度したWHOが日本の空港の写真を使い、日経の記事に反応して無難な写真に差し替えた

 

というストーリーを創り出しているのですが、少々飛躍が過ぎないでしょうか。

 

この2つの事実を踏まえて、同じように中国の影響力を論じる記事を書くならば、

 

中国人観光客を前面に出した写真に中国側が不快感を示したので、WHO側が写真を差し替えた

 

という筋書きをつくることだってできます。こういうことを現役の記者が書くっていうのは、あまり褒められたもんじゃないと思うんですが。

 

今日のまとめ

①WHOの掲載ページでは、確かに2月5日から7日の間に、成田空港の写真を差し替えている。

②WHOの記事の写真(画像)は、「記事内容の国に関係するもの」と「記事内容のイメージ」の2種類があり、成田空港の写真は後者のように思える。

③そもそも(当時の状況から)一見して中国人観光客の写真だとわかるので、少なくとも「コロナパンデミックの発生源は日本の成田空港」という意図はなさそうに見える。

 

まあ、色々な考え方があるので、どんな理屈で話してもいいとは思いますが、メディアの人間がそんな陰謀論を軽々しく書くのもあまり行儀がよくないですし、それを下世話な見出しでまとめるまとめサイトもいつも通りだし、それをあんまり考えずにRTしちゃうのも平常運転ではあるものの、なんかこう、もうちょっとどうにかなりませんかねえ*14

 

 

 

*1:

たとえばこうゆうの。

「脱ダム」のゆくえ 川辺川ダムは問う

フォトグラフィ25 : 25th anniversary : 目で見るすかいらーく史 (すかいらーく): 1987|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 

何の記事を書きたいかお分かりですか?

*2:

もう少し正確に言うと、上記の引用は、2月6日付の日経の記事になります。

WHOのガバナンス改革: 日本経済新聞

*3:

International Health Regulations - Wikipedia

*4:

国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 - Wikipedia

*5:

ちなみに調べた方は簡単で、ページのソースを開いて、「Getty」で検索をかければ番号が出てきます

*6:

すると、WHOが何と前触れもなくホームページの写真を差し替えた。都市名が特定できないような人々が行き交う交差点の写真である。

「日経の名物記者も憤る」WHOのあまりに露骨な中国びいき(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース

 

*7:

「Shanghai, China - March 2016:」の動画素材(ロイヤリティフリー)21319402 | Shutterstock

*8:

ダイヤモンドの記事には、「多くのリツイートがあった」が「日本政府が抗議に動いた様子は見られなかった」とありますが、この記者さんの同内容の2回の投稿は、あわせてせいぜい200RTぐらいしかないので、これぐらいで政府が動いてくれるなら、私なら表彰されてますよ…

*9:

https://www.who.int/news-room

ただ、この記事がどの分野に入っているのかはよくわからない

*10:

Closeup Of Beautiful Young Woman With Eyes Closed Blowing Nose In Tissue ストックフォト - Getty Images

*11:

https://www.who.int/publications/i/item/strategic-preparedness-and-response-plan-for-the-new-coronavirus

*12:

武漢肺炎迅速蔓延韓國再提高警示級別(圖片來源:Tomohiro Ohsumi/Getty Images) - 澳洲生活網

Thermal imaging camera implementation to control Corona virus spread – Harvs International Sdn Bhd.

中国が海外への団体旅行を禁止へ 新型コロナウイルスによる肺炎、患者数は1900人以上に | ハフポスト

*13:

Lunar New Year coronavirus: Extending the holiday will hurt China's economy - CNN

Coronavirus: Chinese New Year holidays extended to help tackle new virus - CBBC Newsround

*14:

ただ、その記事にどんな写真を使うのか、という視点の話は興味深いなとは思いました。

例えば、このWHOの「緊急事態宣言」を報じたBBCの日本語記事は、

www.bbc.com

北京国際空港の写真を使っているのですが、こちらの元の英語版については、トップは動画なのでテドロス議長のサムネイルになり、

www.bbc.com

 

記事の中ほどの画像も、中国本土ではなく、香港のものを使用しています。

www.gettyimages.co.jp

ここらへんの意味を考えていくのは面白いですが、まあ、あんまり理由がないことが多いとは思います。社会は惰性と踏襲で進むもんですし