ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

「女性は2人以上子どもを産むべき」根拠を探す、コウノトリなんて信じない

さて、大阪の中学校の校長が、「女性にとって最も大切なことは、こどもを二人以上生むことです」と朝礼で発言して問題になっているんだとか。

mainichi.jp

その後、学校自身が(校長自身が)、学校のホームページに朝礼で話した要旨を掲載いたしました*1

megalodon.jp

 全校揃った最後の集会になります。
 今から日本の将来にとって、とても大事な話をします。特に女子の人は、まず顔を上げて良く聴いてください。女性にとって最も大切なことは、こどもを二人以上生むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。
 なぜなら、こどもが生まれなくなると、日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか、こどもを産むことができません。男性には不可能なことです。
 「女性が、こどもを二人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部を能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたら良い」と言った人がいますが、私も賛成です。子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです。子育ては、それ程価値のあることなのです。
 もし、体の具合で、こどもに恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれないこどもを里親になって育てることはできます。
 次に男子の人も特に良く聴いてください。子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです。女性だけの仕事ではありません。
 人として育ててもらった以上、何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。
 子育てをしたら、それで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。
 やっぱり結論は、「今しっかり勉強しなさい」ということになります。以上です。

 

全文読んでも、個人的にはさほど印象は変わらないのですが*2、私が気になったのは、

 

・2人以上という根拠

・「~卒業できる権利を与えたら良い」と言った人は誰か

 

です。本当は私は今日は「Rh null」という血液型が世界で43人しかいないのは本当か、という記事を書こうとしたのですが、予想以上に資料集めに難航しているので、かるーく済ませてしまいます。

 

***

 

手早く調べられそうな、「~卒業できる権利を与えたら良い」と言った人のソースを探します。

 

・・・見つからない。

 

そう、実はこの「と言った人」、全く誰かわからないんです。「子育て 女性 大学 権利」とかでぐぐったり、CiNiiの論文検索で探してみたりするんですが、どうにもこうにも似たような主張が出てこない。恐らく、この「と言った人」の主張の中に「子ども2人」という表現があったので、今回の「こどもを二人以上生むこと」という発言につながったと思うのですが、ソースを発見できない。

 

仕方がないので、この「女性が、こどもを二人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部を能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたら良い」の妥当性をちょっとだけ考えます。

 

まず、女性の初産の平均年齢ですが、ちょっと古い平成23年度の厚生労働省の調査によると、30.1歳です*3。おお、感覚よりも結構上です。

 

ここから二人産むと考えましょう。「育て上げる」というのが何歳か微妙ですが、ここでは高校卒業までだとして*4考えましょう。二人の子どもの間の間隔を、年子はちょっとキツイので、2歳差としましょう。

 

そうすると、二人目の子どもを「育て上げる」までに20年かかることになり、母親の年齢は50歳になります。ここから4年制の大学に入学するならば、卒業すると54歳。はて、退職まであと10年というところ、同期からはまちがって「お母さん」と呼ばれそうです。

 

いやいや、今は初産の平均が30歳と「高齢」になっていますが、この制度が充実すれば年齢も下がってくるでしょう。厚生労働省の統計記録で残っている、もっとも低い初産の平均年齢は昭和29年の24.7*5。ここから計算すると、大学卒業は48歳となります。うーん、それでも職場に48歳の新人が入ってきたらいろいろ気を遣いそうです。

ならば、高校卒業後すぐの18歳からの出産はどうかと思うのですが、そうすると17歳には妊娠をしないといけなくなり、男性が大学卒業をする「成人」ならば、各種青少年条例に配慮しなければならなくなります*6。かなり計画的な根回しが必要です。ここまで家族計画を考える17歳は不気味です。

 

あと、財源もかなり厳しいのではないでしょうか。現在、国立大学の入学金や学費の平均は818700円*7。平成26年の女子の大学進学率は47%なので、53%が単純に「無料で国立大学」の対象になると考えます*8。平成25年になりますが、18歳の人口は約60万人*9。31万8千人が対象となり、財源は260346600000円、2,600億円も必要ですか。そうですか。

 

 

つまり何を言いたいかというと、この「女性が、こどもを二人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部を能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたら良い」という発言、あまりにも現実味がないのではないか、ということです。少なくとも、何かの研究やら論文やらで提示されるようなシロモノとは思えない。お酒の席でちょっとインテリなおっちゃんかおばちゃんが言ったぐらいの話か、政治家やらフェミニストやらのリップサービスぐらいの発言ではないでしょうか*10

 

 

では、「こどもを二人以上生む」根拠はどこにあるのか。

 

 

この校長先生は61歳ということで、1954,55年生まれですね。物心ついたころは1960年代から70年代でしょうか。この頃の合計特殊出生率は、丙午の1966年をのぞけば、大体「2.00」の前後をキープしています*11。ということは、「一家庭に2人の子ども」という環境が、一番イメージとして落ち着きやすいところだったんではないでしょうか。

 

いやいや、地域や環境によるのでちょっと無理がある、ということであれば、人口の自然増と自然減の境目が「2.07」という数字であるということであればいかがでしょうか*12。単純に考えれば、子どもを生むには男女両方必要なので、二人以上産まないと、人口減は避けられないことにはなりますものね。そこまで考えたのかはわからないですけど。

 

 

少子化を是正する、という論拠で行けば、この「二人以上産むべき」という発言は理屈の上では間違いではありません。ネット上において、この発言に賛同が一定数あるのもそのためでしょう。

しかし、やはり反発が多いのは、「家族計画」という近代的な考え方*13が、やっぱりちょっとしっくりこないからでしょうか。日本でこの話が出てきたのは1930年代でしょうか。加藤シヅエなんかが有名ですが、この頃は色々と本が出ています。

筆者は多産が婦人の生涯を害う事の甚大なることを説いて産児制限に就ての考慮を促しておく。

『結婚婦人の心得』小川隆四郎 昭和8年

近代デジタルライブラリー - 結婚婦人の心得

 

妊娠を予防せんとするは、全然、人々の自由である。従って、避妊に関する知識は、それを求むる全ての人にあたへられるように普遍化すべきである。

『結婚社会学』木村松代 昭和7年

近代デジタルライブラリー - 結婚社会学

 

かたや妊娠や出産は人知でもって制御できるという近代的な立場、もう一方はもう少し妊娠・出産にたいして自然の領域を求める立場、といったところなんでしょうか。子どもはコウノトリが運んでくる。私はこれはただのフォークロアでもない、と思うのですが。 

 

 

日本ではまだまだ100年に満たない考え方です。これからもいろいろな議論があるでしょう。その中で、やはりこの校長先生の話は、隙だらけの、がばがばな話だったなあと思います。

 

 

 

 

*1:個人的な感覚ですが、この方が自分でポチポチホームページを更新したとも思えないので、結局だれか現場の先生に頼むわけですよね。なんかそれって、どういうやりとりがあったか気になります。「○○先生、ちょっとオレの発言問題になってるみたいだから、ホームページに真意を載せたいわけよ。やってくれる?」「(えー、ぜったいメンドウなことになりますよ)わかりました!」とかいうやりとりがあったんでしょうか。こういう人の下で働くのはメンドウそうです。

*2:これを、このまえの奴隷大統領発言とからめる趣旨もあるのですが、あれと決定的に違うのが、この「要旨」を書いたのが、発言者本人であるということです。奴隷大統領は、きちんと外部的な記録が残っていますが、朝礼にはそれがありません。それこそ、発言者の都合のいい表現に変えられている可能性はありませんか? これは客観性に欠けるので、この「要旨」でもって、「悪意ある切抜きだ!」と断罪するのは、ちょいといかがなものかと思います。みんなアサヒがきらいですなあ

*3:結果の概要|厚生労働省

*4:大学卒業にすると、子どもが女の子だった場合、この主張にあわなくなりますよね。だって子ども産むまで大学に入れないんだから

*5:20 母の平均年齢 1),出生順位 2)・年次別 -昭和29~平成21年-(CSVファイル)

統計表一覧 政府統計の総合窓口 GL08020103

*6:未成年とのSEXで罰せられる罰則と年齢基準まとめ - NAVER まとめ

*7:入学から卒業までにかかるお金(2)学費編|お金 | Benesse マナビジョン 保護者版

*8:中卒とか高校中退とか専門学校とかいろいろあると思うし、そこからどれぐらいが進学を希望するとか統計的な処理とかいっぱいあるんでしょうが、そういうの全部ヌキにして考えました。ここのアバウトな計算はあんまり重要でないので見逃していただきたい。

*9:年齢(各歳),男女別人口及び人口性比-総人口,日本人人口(平成25年10月1日現在)

統計表一覧 政府統計の総合窓口 GL08020103

*10:あるいは全くの捏造か。

*11:合計特殊出生率について 

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei13/dl/14_tfr.pdf(リンク先PDF)

*12:出生率に数値目標は必要か 「2.07まで回復」政府会議で検討開始

*13:もちろん、「家族計画」「産児制限」の元々は、子減らしの意味でしたが、今ではこれが逆になっていますね