ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

【たぶん確報】USJのガラスは安全のために割れたのか、善意という名の

【6/20追記】

①USJの公式的な回答を追記しました。結論だけ書けば、チケットブースのガラスを割れやすくしてはいない、ということでした。

 

②旭硝子の回答を飛躍的な解釈で記載した箇所をご指摘いただきましたので、より正確な表現に差し替えました。

 

関西の地震について、いろいろな情報が飛び交っていますが、私が気になったのはこちら。

 

 

USJのチケットブースの窓ガラスが粉々に割れた画像が出回っているのですが、それは脱出のための安全設計だったという話。ツイートでも呟きましたが、個人的には果たしてこのような地震を想定するよりも、日々の衝突の危険性を考えて割れにくくした方がいいのでは、と感じました。そもそも、USJのある此花区は震度5弱だった*1ので、これで割れてしまってええんか・・・という気もします。

 

 

***

 

脱出用で割れるガラスは存在旭硝子は製造していない

今回はスピード第一で、さっさと旭硝子さんに問い合わせをしました。質問としては、「地震の際にわざと割れやすくして建物からの脱出をしやすくするガラスが存在するか」ということです。お返事もさっさといただけました。

 

この度お問い合わせを頂きました「地震の際にわざと割れやすくして建物からの脱出をしやすくする」このようなガラスは製造しておりません。

 

なので、ガラス製品としては早速否定されてしまいました。おいおい瞬殺だよ。

 

【追記①】

今回は大手の旭硝子に聞いて安心したのですが、旭硝子が「製造していない」だけで、もしかしたらそういうガラスは存在するかもしれません。また、ツイート主の書き方も「ガラスが」割れやすいとは微妙ですが書いてないので、建築物の構造の話を意図したのかもしれません。

 

しかし個人的解釈を加えるなら、後述するように、各種指針に災害の際にわざと割れやすく施工するというものはないので、やっぱりちょっとそんなガラスはあるのかなあという感じはします。強化ガラスの特徴は「割れやすい」というか、「割れたときに全面割れる」「破片が粒状で怪我しにくい」だと思います。

 

 

ただし、これはガラス自体に限ったことで、建物の構造を考えれば、可能性は見えてくるかもしれません。例えば安全ガラスのうちの強化ガラスは「破損時に破片が粒状になり破片による大きなケガなどを防ぐ効果」があるので、旭硝子さんも、

 

建物の設計をされる際に、予めガラスを割って室内からの脱出を想定するような場所には合わせガラスではなく、強化ガラスをご選択ください。

 

というご提案をされています。もしかすると、USJのチケットブースは、そのような想定のもと作られたのでしょうか。

 

ガラスの耐震性で大切なこと

地震などの災害に対応するためのガラス設計の指針として、「安全・安心ガラス設計施工指針」という日本建築防災協会が2011年に出しているガイドラインがあります。

 

こちらのガイドラインの概要にはこう書かれています。

 

建築物に用いられるガラスは、 万一破損すると大きな被害に繋がる場合があり、ガラスの破損を防ぐには、さまざまな外力によってガラスに過大な応力・変形を生じないよう設計・施工することが大前提となります。

「7 板ガラスの関連法規・規格」

http://glass-catalog.jp/pdf/g51-010.pdf

 

 ということは、そもそも地震が起こった時に割れやすくしてしまう設計は、このガイドラインから外れて少々危なっかしいつくりである、ということになってしまいます。

 

ただ、もちろん世の中には絶対はないので、万一割れた時のための対策も考えておかねばなりません。「想定を超えた事象が生じた場合に、被害が起こったとしても、それを最小限に留める」フェイルセーフの考え方です。手引きの中では、以下の4つの対策をあげています。

 

①割れたガラスが人に当たらないようにする
②人がガラスに当たらないようにする
③ガラスが割れないようにする
④割れてから落下までの時間を長くする

「「安全・安心ガラス設計施工指針 増補版」の手引き」P23

http://www.itakyo.or.jp/upload/kinou01_20150924.pdf

 

また、災害を見越したガラスの選定条件としては以下の2つのものがあります。

 

①割れた場合に飛散・脱落しない、あるいは飛散・脱落しても被害のないようにする。
②衝突物・飛来物が貫通しない、割れによって孔が開かないようにする。

「合わせガラス、防災・防犯ガラス」p49

https://www.asahiglassplaza.net/catalogue/sougou_syohin/00031.pdf

 

いわゆる「安全ガラス」と呼ばれているものには、「強化ガラス」と「あわせガラス」の二つがあります。強化ガラスは通常のフロートガラスよりも強度があり、割れた際も粒状の破片となるので、その点では安全性が高いです。また、強化ガラスには「ガラスの表面に引張り応力に対抗する圧縮応力層が存在」するので、衝撃が加わった際には「全面が一瞬にして割れてしま」うとのことです*2。なので、今回のUSJの割れ方を見ると、強化ガラスだったのではないかなあという気がします。

 

要するに、今回のように人通りが多く、開口部としての役割を果たすガラスを選定するときは、第一条件として「割れにくく」、そして割れたときに「けがが出にくい」ものにするのが先であって、地震の際に脱出できるかどうかは、優先順位としては低くはないでしょうか。

 

 

割れた原因は何か

そもそも、このガラスはなぜ割れてしまったのでしょうか。

 

本指針の手引きによれば、地震におけるガラス破損の原因には二通りあり、

 

 ◎層間変位 → ガラスエッジクリアランスの設計
 ◎衝 突 物 → ガラスの種類の選択

「「安全・安心ガラス設計施工指針 増補版」の手引き」P7

http://www.itakyo.or.jp/upload/kinou01_20150924.pdf

 

とあります。被害の様子を見ると、何か物が当たった、という感じには見えないので、層間変位による破損と考える方が妥当でしょうか。

 

 

はめごろしのガラスでも、建物にそのままくっついているわけではなく、サッシで固定されています。この固定がガチガチだと、層間変位、つまり建物などが揺れで歪んだときに、割れやすくなってしまうため、ガラスと接地面にはある程度の逃げが必要となります。

 

この余裕を求める数式にブーカムの式というものがあります。「δ=C1+C2+(h / b)×(C3+C4)」*3で求められるそうで、数学を早い段階でバイバイした私としては何のことやらです。

 

もちろんこの数式は絶対ではなく、サッシの回転やセッティングブロックのなどほかの要因も絡んでくるそうですが、指針によれば「弾性シーリング材を用いてBouwkampの計算式によるクリアランスをとれば、安全であることが、実物耐震試験により確かめられてい」る*4とのことで、層間変位の破損については、施工の問題がなければある程度防げそうな感じです。また、地震時のガラス破損については、ガラス品種の差異はないという報告もあります*5

 

そもそも気象庁によれば、震度5弱は「まれに窓ガラスが割れて落ちることがある」強さであり*6、その中で割れてしまったこのガラスは、地震のことについては考慮されてなかったのではないでしょうか。恐らく弾性シーリングなども用いられず、硬化性のパテでもって固定するようなタイプだったのではないかと推察されます。もしくは施工の際に、逃げの部分が設計図よりも小さくなったか。

 

今日のまとめ

①地震で割れやすくなるガラス製品は存在しない。旭硝子は製造していない。各種指針を見ても、そのようなガラス製品が存在するかは疑わしい。

②地震においてガラス設置で大事なことは第一に「割れない」こと、割れた場合に二次被害が広がらないようにすることであり、脱出云々については優先順位が低いと思われる。

③今回の破損は層間変位によるものと推察されるが、5弱程度での破損は取り付け時にそもそも地震の想定をどの程度していたか疑問である。

 

今回はお忙しいと思ってまだUSJに問い合わせをしておりませんので、ひょっとしたら、「いやいや、脱出のことを考えていたんですよ」というご回答をいただけるかもしれません。返答来たら追記しますが、本記事についても、外堀を埋めただけで、決定打があるわけではないこと、ご承知おきください*7

 【追記②】

USJのお客様センターに問い合わせたところ、「地震の際に割れやすくなるガラスをチケットブースに設置した」という情報は特にないそうです。個人が調べられる公式的な回答はここまでです。

 

慎重を期すならば、割れかたを見る限りブースのガラスは強化ガラスでよいと思うんですが、よりガラスの飛散しにくいあわせガラスを採用せず、強化ガラスにしたのは、閉じ込めの場合も考えて、ということはあるかもしれません。まあ、主にはコストが理由だと思いますが。より詳しい情報を望むなら、USJの広報にメディアとして尋ねるしかないので、私ができるのはここまでです。

 

前回の熊本地震のときも似たようなツイートから似たような記事を書いたのですが*8、シマウマ脱走とかウンタラ人の犯罪が増えるとかいう悪意あるデマとは違って、こちらは善意の名のもとに拡散される情報です*9。仮にこちらの情報が嘘だったとしても、それで被害を被るのは発信をしたツイート主さんぐらいでしょう。

 

しかし、情報が無反省のまま拡散されていく、という構図についてはどちらも同じです。いや、むしろ善意の名のもとに拡散されていく情報の方が、誤謬を指摘しづらい分、よりインフルエンサーとしての力があるかもしれません。誤情報による直接の被害は少なくとも、同じ構図が次々と生まれていくのであれば、やはりこのような情報リレーはどこかで断ち切っていかなければならない、と思います。

 

 

 

  

 

*1:

地震情報 2018年6月18日 7時58分頃発生 最大震度:6弱 震源地:大阪府北部 - 日本気象協会 tenki.jp

*2:

強化ガラスとは | 旭硝子のGlass Plaza

*3:

δ:サッシの変形量δ:サッシの変形量b:サッシ溝 内法幅h:サッシ溝 内法高さC1、C2:左右のエッジクリアランスC3、C4:上下のエッジクリアランス

*4:

http://glass-catalog.jp/pdf/g43-010.pdf P59

*5:同上

*6:

気象庁 | 気象庁震度階級関連解説表

*7:

可能性としては、「閉じ込めの可能性も含めて、脱出しやすいようガラスを全面が割れやすい強化ガラスにした」ぐらいの回答はあるかもしれません。

*8:

 

www.netlorechase.net

 

 

www.netlorechase.net

 

*9:

「善意」という言葉はちょっと扱いにくく、悪意ある人もそれは善意なのではないかという気もするのですが、まあ、差別やいたずら性のない、ぐらいに捉えてください