ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

いつまで若者は「海外離れ」をしているのか、あなたは何を捨てますか

世の中うまくいかないことはたくさんありますが、調べかけていたことについて、先に記事を出されることほど悔しいことはありません(長めのマクラ)。

 

ハフポス(正確には新潮社フォーサイト)の以下の記事が話題になっていました。

 

最近では特に若者の「内向き志向」が指摘されている。海外に出かけることを好まないというのだ。(中略)
20代のパスポートの新規取得率は、1995年に9.5%だったものが、2003年には5%に落ち込み、その後、6%前後で推移。2017年には若干上昇したものの、6.9%だ。取得率で見れば、明らかに低迷している。

日本の若者が気付けない自らの「貧困」。海外に出ない、その裏事情 | ハフポスト

 

どこかで聞いたような若者の「内向き志向」を憂う記事なのですが、このパスポートの新規取得率についてツッコミを入れようかと思っていたところ、大変すばやく「More Access! More Fun」さんから記事が出ました。

 

www.landerblue.co.jp

 

上記の記事と私の主張はだいたい同じにはなるのですが、上記記事には細かな誤り(というか誤認)があり、また、ハフポスにも他に誤りというか事実誤認をさせるような書き方があったりとか、そもそも「若者の海外離れ」はどのような変遷をたどってきたのか、というのを、手短にまとめてみたので、二番煎じのような感じになってしまったのですが(でも書き直しですよ…)、それでもよければお読みください。

 

 

***

 

パスポートの新規取得率とはなにか

さて、ハフポスの言う「パスポートの新規取得率」とは何でしょうか。恐らく筆者はこちらのデータを参考にしたのでしょう。

 

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https://www.mlit.go.jp/common/001270463.pdf より

 

こちらは、記事内でも触れている観光庁の「若者のアウトバウンド推進実行会議」の資料の一つです*1

 

実は、ここを「More Access! More Fun」さんは見誤っていると思われるのですが、この取得率の出し方は以下の通りです。

 

また、毎年の旅券発行数を当該年の人口で除した旅券取得率 2-6 については、20 代は 2001 年に 6.8%、2016 年に 6.5%であり、大きな変化はみられない。

「若者のアウトバウンド活性化に関する最終とりまとめ」

https://www.mlit.go.jp/common/001247187.pdf

 

検討会でもこの取得率は「大きな変化は見られない」で終わらせちゃってるんですが、脚注に「 「人口統計」(総務省)、「旅券統計」(外務省)より算出」とあります。つまり、【当該年の20代の人口】÷【当該年の旅券発行数】という式で算出しているということです。

 

たとえばこの算出方法でもって*2、2016年の全世代の「パスポートの新規取得率」を見てみると以下の通りになります。

 

  人口推計(H28年10月1日) 旅券発行数 新規取得率
19歳以下 21563000 825904 3.8%
20代 12027000 783047 6.5%
30代 14964000 563547 3.8%
40代 18679000 529291 2.8%
50代 15245000 437490 2.9%
60代 18319000 399777 2.2%
70代 13871000 167037 1.2%
80代 8432000 32287 0.4%

 

 

20代が一番高いじゃないか!

 

この取得率は、「その年のその世代の人のうち、どれぐらいの人が旅券を発行したか」という率なので、残念ながら「More Access! More Fun」の指摘するような、「10代のうちに全体の22.3%分(93万3000人/年)も発行するから20代になって新規は6.9%」という指摘は誤りかと思われます。20代になって取得率が落ち込むのではなく、逆に取得率が上がるのですから。

 

これは推論するしかないですが、20代の取得率が高くなるのは、成人年齢であることや、大学卒業に合わせた旅行、留学などが原因と思われます*3

 

ちなみに、検討会においても、「2009 年から 2016 年の出国日本人数と旅券保有枚数の重相関係数を算出すると、R=0.28 であり、両者の間に特段の相関関係はみられない*4」とあり、旅券をその世代がたくさん持っているからといって、海外により多くいくというわけでもなさそうです。

 

「若者」は海外に出ている

さて、ハフポスでは、「パスポート取得率も低迷」の項のマクラに、「最近では特に若者の「内向き志向」が指摘されている。海外に出かけることを好まないというのだ」というありきたりな文章を掲げています。

 

しかし、これを覆すのは簡単で、例えば出国数の世代別の推移は以下のようになり、

 

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https://www.mlit.go.jp/common/001247196.pdf より

 

2016年は282万人と、20代は4位と後塵を拝しているように見えますが、割合でみると、

 

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同上

23.4%と、トップに返り咲いています。

 

他の資料においても、例えばJTBの「海外観光旅行の現状2019」では、

 

前年比が最も高かったのは、20~24 歳女性(115.5%)でした。出国者数も 1,171,455 人と女性の中では最も多く、出国率は 40.5%で同年代の男性(18.4%)の倍以上となり、いかに 18 年は、若い女性が海外旅行に意欲的だったかがわかります。

海外観光旅行の現状 2019 P3

https://www.tourism.jp/wp/wp-content/uploads/2019/06/overseas-trip-2019.pdf 

 

とあり、若い女性が特に意欲的だったことがうかがえます。

 

検討会においても指摘されている通り、20代の出国数が激減している直接の原因は、

 

これらのことから、海外に行かない傾向が 20 代の若者において突出して高いとまでは言えず、むしろ 20 代の人口そのものが、1996 年の 1,882 万人から 2016 年の1,203 万人へと実に 36.1%も減少していることこそが、この世代の出国者数の減少の直接の原因とみなすべきである。

「若者のアウトバウンド活性化に関する最終とりまとめ」P4

 

と考えるのが自然でしょう*5。ハフポスは「もちろん少子化の影響もあるが、それだけではない」と書いていますが、いやいや、少子化なめちゃいけませんよ。

 

旅行費用は高くなっているのか

細かいところで恐縮ですが、ハフポスは若者の「海外離れ」について、

 

さらに、若者が海外に出かけなくなった理由のひとつに、旅行費用の上昇もありそうだ。LCC(格安航空会社)の路線普及で航空運賃は安くなったが、円安の長期化によって現地でのホテル代や飲食代はかさむようになった。海外に行った場合、明らかに日本の若者は貧しくなっているのである。

 

と書いていますが、これもただちに首肯はできません。

 

全世代ではありますが、日本旅行業協会が出している資料によると、1996年の旅行費用は36.1万円。とんで2005年は25.4万円。2017年は24.5万円と推移しています。

 

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海外旅行者数と海外旅行費用の推移 | JATA(2011)

海外旅行者数と海外旅行費用の推移 | JATA(2017)より

 

1996年と比べるとがくっと落ちているものの、ここ10年ぐらいは横ばいです。費用が20年以上前に比べると落ちているのが、相場が安くなった結果なのか、あるいは安い旅行しかできなくなったからなのかはわかりませんが、少なくともここ10年に相場に変化はなく、「旅行費用の上昇もありそう」と書くのは早計というものです。

 

若者が海外に行きたくない理由

これもまた細かいところですが、ハフポスは若者が海外に行きたくない理由をこう書いています。

 

他方、「あまり行きたくない」「行きたくない」と答えた若者たちの理由は「怖い・治安が悪い」が35.5%、「言葉が通じない」が19.7%だった。

 

こちらは、「H27年度若旅授業受講者への受講前アンケート」の受講者1333名にとったアンケート結果からの資料のようですが、これだけ読むと、勇気のない若者、みたいなイメージを持ちかねません。

 

しかし、この「怖い・治安が悪い」「言葉が通じない」は、基本的に全世代でトップ3に入る、海外旅行の阻害要因です。

 

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https://www.mlit.go.jp/common/001270463.pdf

しれっと記事内にこういう書き方をされると、印象操作の感がぬぐえません。

 

「若者の海外離れ」言説について

総じてハフポスの記事は、「若者の海外離れ」という、ちょっと使い古された言説によって成り立っているように思えます。確かによく聞く話ですが、本当に若者は「海外離れ」をしているんでしょうか。

 

実はそのものずばりの研究がネット上で読めます。

 

「若者の海外旅行離れ」とは,日本人の若者の海外出国率が最も高かった1990年代の半ばと比較して2000年代後半の若者の出国率が全体として低迷していた現象と定義される。ところが現在においても,マスメディアでは「若者の海外旅行離れ」の存在を当然視するものが多くみられる状況となっている。そこで本稿では,「若者の海外旅行離れ」が,2010年代の半ばの現在においても継続しているのかどうかについて検証することを目的として,政府による統計データ,筆者が2010年,2013年,2016年の各年に実施したアンケート調査のデータの双方を用いて分析を行った。

「若者の海外旅行の実態と意識に関する時系列比較―2010年代の動向―」(要約より)

http://libds.tamagawa.ac.jp/dspace/bitstream/11078/1314/1/8_2017_1-23.pdf

 

上記研究によれば、「若者の海外離れ」がマスメディアで報じられ始めたのは2007年ごろ。試みに調べてみると、確かに2008年12月27日の朝日に、「 協力隊員集めピンチ 応募、ピーク94年度の3割 不安な若者、内向き志向」と題された記事が載っており、国内志向の高まる若者が増えたことが、協力隊員の減少につながっている、という分析が載っています。今まで見てきたように、全体としては若者(20代)の海外渡航は最悪の時期からは脱しているように思えますが、マスメディアの論調としては、今でも「若者の海外離れ」を引きずっている部分があります*6

 

なかなか面白いので本論は読んでいただきたいのですが、中村は、研究の結論として、

 

①10歳代後半・20歳代前半の若者については,女性や学生を中心に「海外旅行離れ」の状態を脱しつつある,

②逆に,25 ~ 29歳の人については,依然として「海外旅行離れ」現象が続いている可能性がある,

前掲 P18

 

としています。中村は政府の出国の統計が延べ出国率であることを指摘し、独自のアンケートを関連させながら検討しているのですが、「特定の一部の人が複数回渡航することで延べ出国率が上昇している可能性」も20代後半にはあることに留意するべきだと述べています。また、出国率が上がってきているものの、海外旅行への関心自体に変化が見られず、その点も注意が必要だとしています。「若者」の中でも細かく見ていくと差がありそうだということですが、総じて2000年代に見られた「海外離れ」の状態は脱却しつつあると考えてよいのではないでしょうか。

 

今回ハフポスが参考にした「若者のアウトバウンド推進実行会議」ですが、その前身の検討会のころから、「若者」が突出して「海外離れ」をしているわけではないことを指摘はしています。しかし、いかんせん、そもそもこの検討会の目的が「もっと若者に海外に目を向けさせよう!」なので、いろいろ理由をつけて「海外離れ」の現象を説明して改善しようとしています。こういう役所のねじれた動きというものも、世の中の風潮があまり変わらない原因のひとつではないかと、個人的には思います。

 

今日のまとめ

①パスポートの新規取得率は20代が世代の中で一番高い。

②出国率は20代がトップであったり、旅行費用がここ10年横ばいが続いていたりするなどという事実についてハフポスの記事は資料をあたった形跡がなく、昔のイメージで書かれているように思える。

③20代前半は「海外離れ」について改善傾向にあるという研究がある。

④しかし、依然としてマスメディアは「若者の海外離れは深刻」の立場であり、情報がアップデートされていないのは、政府の広報のせいでもあるように思う。

 

慎重な書き方をするなら、私は「若者の海外離れなんかない!20代が海外への渡航をけん引してるんだ!」というよりかは、お題目のように「深刻な若者の海外離れが…」とあまり現状を確認せずに繰り返すメディアの書き方に疑問を覚えるものです。もちろん、海外離れに関係するようなデータもありますし*7、1990年代と比べれば下がっているのは事実なのですが、10年以上書き方が変わらないっていうのもどうなんでしょうね。

 

以前、「文脈」の話をしましたが*8、よく聞くけどあんまりアップデートされない情報というのは、意外と多いのではないでしょうか。今回のハフポスの記事は、いうなれば「最近の若いもんは」の変形版といったところでしょう。意外にこの文脈から抜け出るのはむつかしいもんなんです。若者諸君、メディアを捨てよ、町へ出よう。

 

 

*1:

実は、本文に掲示した資料より前に当たる2018年7月に出された「若者のアウトバウンド活性化に関する検討会」における資料では、平成7年からではなく、平成13年からのグラフが掲示されていました。

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https://www.mlit.go.jp/common/001247196.pdf より

こちらはどちらかというと横ばいの印象を受けますが、H7は若者の出国数が過去最高だったこともあり、後から出された資料は、「いかに若者が海外から離れているか」を印象付ける操作的なキライがあります。

*2:

各世代の人口推計に関しては総務省の【各年10月1日日本人人口】を使用。

人口推計 各年10月1日現在人口 年次 2016年 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

旅券発行数については外務省の旅券統計を使用。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000230501.pdf

*3:

「More Access! More Fun」さんは、「20歳代のパスポート所有率は相当に高くて5割以上はいってると思います」としていますが、ちょっとこの数字は実感的に高すぎる気がします。2人に1人、パスポートをもってるかなあ…。しかしこれをまともに検証するには材料が足りないので、なんともいえません。

*4:

「若者のアウトバウンド活性化に関する最終とりまとめ」P4

*5:

ただし、後述するように、この資料からは延べ人数しかわからないため、1人1回か、それとも1人で複数回渡航しているのか区別できないため、ただちに若者の海外志向が回復傾向にあるということには注意が必要です。

*6:

例えば、

政府が対策に乗り出すのは、若者の「海外離れ」が深刻化しているためだ。

 日本人の出国者数はおおむね増加傾向にあり、1996年の1669万人から、20年後の2016年には1712万人に増えた。ただ、年代別でみると、20歳代の出国者数は463万人から300万人に減少した。

読売 2018.07.27 東京朝刊 P4

 

*7:

例えば、先述した検討会の資料には、中村の調査として、海外渡航未経験の比率が2010年の調査より2016年は10ポイントあがっていることを指摘しています。これは、出国率の増加と合わせた考えると、複数回渡航している人がそれなりのウェイトを占めている、ということでしょうか。

https://www.mlit.go.jp/common/001247196.pdf

*8:

 

www.netlorechase.net