ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

かわいそうなゾウはかわいそうなのか、象の消滅と原理主義

絵本『かわいそうなぞう』は、実話を元にしたフィクションで、重大な事実誤認もあるのですが*1、今回はその名を受け継いだ井の頭公園のはな子の話。

www.jiji.com


井の頭自然文化園にいる象の「はな子」の飼育環境が劣悪であり、どうにかすべきでないかという話がネット上で持ち上がっているようです。これが海外メディアに伝わり、贈った側のタイでも「タイに戻すべきだ」という意見が出ているとか。

 

いろいろな感想は後半に書くとして、私が気になったのは「騒動の発端は昨年10月に書かれた英文ブログ」です。ベーシックインカムのときにも書きましたが、この発端のブログが一次ソースならば、そのニュアンスも正確にとらえるべきだと思います。というわけで、今回はその英文ブログを探すことから始めていきます*2

さて、発端のブログは以下になります。2015年10月29日の記事。

medium.com

Ulara Nakagawaさんという方が書いているもので、日本の方かなとは思うのですが、全文英語です。日本語で読みたい方は下記をどうぞ。プロフィールや過去記事を見る限り、動物愛護の視点を強くもたれている方のようです。

blog.livedoor.jp

UPDATEがいくつもついているのですが、最初の投稿は、「もう絶対このゾウ、タイに帰した方がいいよ!」という感じではなく、「どうすればいいのかはわからない*3」「空輸は大きなストレスを与えるかも*4」「みんなの意見を広く聞きたい*5」と、まあまあフラットです*6

 

で、UPDATEを見る限り、彼女はいろいろな自然保護の団体にこのStoryを広めていっているわけで、その返事がいくつか載っています。(ずーっと、「Elephant Sanctuary」という表現があって、なんのこっちゃと思っていたのですが、そういうゾウ専門保護NGOがあって、そういう保護団体とか保護できる場所を彼女はその呼称でよんでいたわけですね)

「Elephant Sanctuary in Tennessee」「Elephant Voices」「zoocheck」などの団体からの返事が来ているみたいです。で、この団体がFacebookやtwitterでこの話をまた広めていったので、ずいぶんと「はな子」の話は拡散していったようです *7

で、いま発端のブログの方はどうしているかというと、「The Road to Saving Hanako」と題して、船便でタイにある「Boon Lott’s Elephant Sanctuary*8」というところに送ろうと画策しています。

medium.com

それがかなわないなら、「もっと環境のいい動物園に移すべきだ、そんな動物園は日本にはないだろうけど」とも書いています。なかなか最初の投稿よりも強い表現が目立ちます。それにしても、メディアへの拡散の仕方はなかなか巧みで、プロのにおいがします。

 

私が興味深いと思うのは、欧米メディアの反応は軒並み(ほんとうに軒並み!)「日本は動物に対してひどい仕打ちをする」というものに対して*9、日本では「また動物愛護か」みたいな反応が目立つことです*10。これはもう宗教的な文化の違いとしか言いようがない。

 

ただ、いっつも私は思うのですが、「じゃあゾウ以外の動物はいいのか」と考えてしまうわけです。

 

たとえば、この井の頭自然文化園には、ゾウ以外の動物がいっぱいいます。

www.tokyo-zoo.net

お世辞にもステキな環境ではないでしょう。ペンギンなんて真夏の日本に残されてるのに、彼らは南極あたりに返さなくてもいいんでしょうか。鳥は大空に返さなくていいんでしょうか。彼らの「牢獄」の環境は訴えられず、どうしてゾウだけが取り上げられるのでしょう。不公平じゃありません?

 

結局、この話は、かのクジラやイルカの話とおんなじです。クジラやイルカやゾウは、哺乳類界の中でもシンボルチックな存在です。村上春樹に『象の消滅』という短編がありますが、あの話は「象」が消滅するから物語が成立するのであって、それが「ネズミ」や「ヤギ」あたりでは、象徴性がありません。「象」はその大きさや存在感によって、「愛護されるべき動物」、あるいは「守られるべき自然」としての象徴性を獲得しているんだろうなあと思います。この「象徴性」のとらえ方が、欧米と日本の我々の感覚のずれにつながっているのかなあという感じがします。*11

 

その不公平をなくすために、動物園廃止論者がいて、「じゃあなんだ、牛肉とか豚肉とかは食っていいのか」という不公平をなくすためにベジタリアンがいて、「おいおい植物は生きてないのか?」という人のためにフルータリアンがいて・・・と、原理主義はどこまでも続いていきます。究極的に不公平をなくそうとすると、人は原理主義に走ります。そして原理主義はその存在論として極端にしかなりえません。だって世の中矛盾だらけなのにそれを正そうとするんだもの。「エゴだよそれは!」と、私なんかは思うので、もっとモヤモヤしたままでいいじゃないのと思うんですけどね。

 

最後に、いつか記事にしようと思っている漫画家の遠藤淑子の作品に、『ラッコはじめました』というのがあります。

 

天使ですよ (白泉社文庫)

天使ですよ (白泉社文庫)

 

なぜかバイト先の釣堀にラッコが紛れ込んで暮らし始める、というコメディなのですが、海に行くか水族館に行くか、みたいな話のときに主人公が呟きます。

 

あの動物は殖やそうとか これはいなくてもいいなんて考えてんのは おれ達だけなのか/だから人間は嫌われてるのかなあ

 

動物愛護の原理主義の方に欠けているのは、こういう「嫌われてるかもね」というもやもやっとした感覚なんじゃなかろうかな、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

*1:戦後ずっと、平和教材として祭り上げ、神話化されてきた絵本『かわいそうな象』の真実 - ウィンザー通信 このブログが基にしている小幡の論文は短いので、図書館で借りて読まれることをオススメします

*2:ちなみにとりあげている海外メディアはいくつかあります。

www.dailymail.co.uk

記事に出てくるバンコク・ポストは以下のものですね。

www.bangkokpost.com

バンコク・ポストは、「はな子をタイに戻せ!」というよりも、はな子の年齢を鑑みた発言(It would be better if Japanese authorities find friends for her)も取り上げて両論併記しており、フラットな感じです。

*3: I don’t know in exactly what form that lies.

*4: And plane transport to a sanctuary in another country would likely be too much strain and stress for an older elephant such as Hanako

*5:Let me know your thoughts and please share this with your like-minded or elephant-loving friends

*6:とはいっても、日本の動物愛護の観点の低さの例にイルカ漁が入っているあたりは、思うところがある人はいるかもしれませんし、井の頭自然文化園を「one of the cruellest」で「most archaic」な動物園だと書くのもひどい話ですけど。

*7:たとえば

ElephantVoices - #ElephantVoices receive a huge number of... | Facebook

など

*8:Elephant Sanctuary - Boon Lott's Elephant Sanctuary in Thailand - BLES

*9:たとえば先ほどのFacebookのコメント「Hanako needs to feel the grass under her feet - can we not do something - and I know there are many others suffering - no more zoos」

*10:一応、日本でもかわいそうだなあという意見はあります。

ゾウのはな子さんはイライラしていませんか?今まで二回、井の... - Yahoo!知恵袋

*11:とはいっても、日本の動物園批判は今に始まったことではありません。

 

動物園というメディア (青弓社ライブラリー)

動物園というメディア (青弓社ライブラリー)

 

上記の本はなかなかおもしろいので読んでほしいのですが、日本の今までの動物園が興行的な側面を多分に含んでいたのは間違いありません。その意味で、はな子の展示場はその負の遺産と言えなくもない。これを機会にもう少し環境整備ができるようになるといいかもしれません、という論調だと日本でも受け入れられやすいですね