パソコンが壊れまして、なかなか更新ができませんでした。大変書きづらいサブ機で記事を書いています。私は資料が集まったら基本的に一気呵成に1日で記事を書きあげるのですが、今回は挫折しそうです。やたら更新日時が空いていると思ったら、パソコンがまだ買えていないんだと思ってください(以上意味のないあいさつ)。
さて、本日取り上げるのは、先月話題になった、子ども用の本に戦車が載っててあーだこーだという話。
幼児向け乗り物図鑑『はたらくくるま』に戦車などを載せたのは不適切だったと講談社が増刷中止を発表したことに、ネット上で様々な意見が出ている。
自衛隊の車がなぜダメなのかといった疑問も多いが、講談社側は、「武器なので、働く車と同列に並べるのは難しい」と説明している。
まあ、いろいろ喧々諤々してました。
ネット上では、基本的に「表現規制だ!」みたいな流れだったのですが、その中で私が気になったのは、講談社の対応やむなしの意見たちです。ざっとまとめると、
①戦車などの車両は不適切ではないか
②戦車などの車両の量が多すぎないか
③幼児向け(3歳から6歳)には不適切ではないか
④車に関係ないものが多いのではないか
という感じだったかなあと思います。「自衛隊なんて子どもに不適切!」という極論まではあんまし見かけなかったと思います*1。
私はあまのじゃくなので、①や③については、もしかすると今までの子ども向けの本に掲載されているんじゃない?とか、②については他の図鑑と比べて本当に多いの?とか考えてしまいましたので、「今までの子ども向けの車の図鑑と比べてどうなのか」という視点から、久しぶりに地道に調べてみました。
調査方法
今回やり玉に挙がっているのが以下の本です。
BCキッズ くわしい解説つき! はじめての はたらくくるま 英語つき
- 作者: 講談社ビーシー
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/11/17
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
くだんの個所はこんな感じです。
「りくじょうじえたい」という項目で見開き2ページ、その次に、「こうくうじえいたい(+かいじょうほあんちょう)」「かいじょうじえいたい」が片側1ページずつ続きますので、自衛隊関係でいえぱ計6ページ割いていることになります。この本は全29ページなので、およそ5分の1を自衛隊関係で割いていることになり、なるほど、印象としてはちょっと多いです。
今回は以下のように検証しました。
【対象】
・小学生以下がメインターゲットであろう「車」「のりもの」関係の図鑑や絵本103冊(1980年代以降)*2。
・ただし、「こうじげんばのくるまのずかん」のような、車種が限定された図鑑は陸自の車両が載るはずがないので除外している。
・改訂版は車両が変わっていることがあるため、同名の図鑑も検証対象としている。
【検証方法】
1.「陸上自衛隊」所属の車両が掲載された本をピックアップし、全体の割合を求める。
2.「×陸自車両なし」「△陸自車両あり(武器関係なし)」「〇陸自車両あり(武器関係あり)」に分類。
3.その本の中の自動車に分類される全車両数を数え*3、「陸上自衛隊」所属の車両がどれぐらいの割合をしめるかを計算(以下「陸自車両割合」)
「はじめてのはたらくくるま」の全車両は135台。今回は飛行機などは省き、陸上自衛隊のものに限ると陸自車両は22台ですので、約17%が「陸自車両割合」となります。これを基準として、他の本と比較してみました。
戦車を載せる図鑑は存在する
まず、どのぐらいの子ども向け図鑑や絵本で陸自車両を載せているのでしょうか。結果はこちらです。
確かに陸自車両を載せている本は少ないのですが、今までなかったわけではありません。全体の1割程度でしょうか。13冊の内訳は以下の通りです。
見ると、2000年代に入ってから数を伸ばしているのがわかります。
全ては載せませんが、こんな感じで掲載されています。
講談社のMOVEや小学館のNEOなど、業界の主要な学習図鑑には、現在必ず陸上自衛隊の戦車が掲載されています。幼児向け、というわけではありませんが、各社とも図鑑の対象年齢は3才から4才を開始年齢として設定しており、幼児も対象になっている、と考えておくべきでしょう。なので、子ども向けの図鑑に陸自の車両が載る、ということ自体は、近年そこまで稀というわけではありません。
陸自車両割合
では、本に占める「陸自車両割合」を確認していきましょう。まず、前項で取り上げた13冊に、どの程度陸自車両が掲載されているかをグラフ化します。
比べてみると歴然ですが、今回の「はじめてのはたらくくるま」が取り上げている陸自車両の数は突出して多いことがわかります。トップは「のりものスーパーずかん」ですが、これは2237台の乗り物を載せていることを考えると、やはり割合としても大きくなりそうです。
では、陸自車両割合のグラフを見ましょう*4。
グラフがちいさくて見づらいという方は、PDFの表も用意しました。
〇子ども向けの図鑑の仕事/車種別一覧表(陸自車両の掲載本のみ)
ごらんの通り、「はじめてのはたらくくるま」が、ぶっちぎりでトップになっています。「はじめてのはたらくくるま」は、消防関係の車両が一番多いのですが、次いで陸自車両が割合として大きいという結果です。図鑑自体の中で陸自車両がそこまで幅を利かせている例もありませんので、なるほど、車種の割に陸自車両の扱いのバランスがおかしい、というのは過去の本の比較からも言えそうです。
自衛隊の紹介の仕方
陸上自衛隊の車両を載せるときは2パターンありまして、
A.国防を強調する
B.災害支援を強調する
この2つのバランスを考えていることがわかります。例えば、陸自車両の紹介文は各社苦心していて面白いです。
陸上自衛隊には、日本と国民を守るためのくるまが用意されています。大きな災害や事故などが起きた時に、いち早く出動して対応します。
「のりものスーパーずかん2237」(学研プラス)P242
防衛のくるま
国民や国を守るために働くくるまです。防衛や災害の時に出動します。
「世界の働くくるま図鑑 下巻」(スタジオタッククリエイティブ)P31
陸上自衛隊は、日本の安全を守るため、主に地上で活動します。地震や洪水などの災害や火災・事故にも出動し、自動車や建設機械を使って、人を助けたり、復旧作業をしたりします。
「小学館NEO のりもの」(小学館)2013 P90
と、基本的には、「国防」と「災害」を両立して書いています。
しかし、そのバランスが崩れているものもあります。
陸上自衛隊には、安全なくらしを守るためのさまざまな車両があります。
「ジュニア学研の図鑑 乗りもの」(学習研究社)P69
「安全なくらし」をどう捉えるかですが、この学研の図鑑には見事に武器関係につながる車両が多く掲載されています。
逆に、一切自衛隊の名前を出さないものもあります。
チャイルド本社のこの「はたらくじどう車図鑑」は、「きんきゅうじどう車」という章立てに「人をさいがいからすくうじどう車」として、陸自の車両を掲載しています。しかし、一切自衛隊の表記はなく、紹介する車両も武器を連想させるようなものは排除されています。
要するに、陸自車両を紹介するとき、各出版社はある程度バランスを考えながら、しかしその図鑑で伝えたい色のようなものを出している、というわけです。
自衛隊のイメージの変遷
ざっといくつか車の図鑑を読んでみて気付いたのは、特定の車をどのようなカテゴリで分けるのかは意外に難しいということです。基本的に多くの図鑑は昔も今も、どのような役割なのかという区分でもって作っているようですが、そのカテゴリに陸自車両がどう当てはまるのか、というのは時代の流れがありそうです。
例えば、学研の「ニューワイド学研の図鑑」は、1987年版では、自衛隊の車両を「とくしゅな自動車」という項目で載せています。
キャプションには「なかでも、戦車はよく知られています」とあり、災害の話は出てきません。1987年版は「はたらく自動車」「人を運ぶ自動車」というような章立てになっているのですが、陸自車両はそのどれにも当てはまらない、と考えられていたのです。
ところが、2006年版の「ニューワイド学研の図鑑」では、陸自の車両は「はたらく自動車」の章の中に入ります。
項目も「軍用車両」になり、より国防の意味の強い説明になっていることを感じます。
ところがところが、直接の後継ではありませんが、最新の「学研の図鑑LIVE 乗りもの」(2018)では、陸自の車両はこのように説明されています。
陸上自衛隊には、安全な暮らしを守るためのさまざまな車があります。大規模災害や事故が発生した時にもいち早く出動し、対応します。
「学研の図鑑LIVE 乗りもの」P129
最新版では、「国防」「災害」のバランスをとった形となり、野外炊具や救急車を掲載しています。これは一つ、自衛隊の持つイメージの変化が関係していそうだな、と思います。
それが如実に示されているのが小学館の「小学館の図鑑NEO」シリーズです。
乗りもの 鉄道・自動車・飛行機・船 〔改訂版〕 (小学館の図鑑 NEO)
- 作者: レイルウェイ・ピクチャーズ,小賀野実,横倉潤,木津徹
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2013/03/29
- メディア: 大型本
- この商品を含むブログを見る
こちらの初版は2003年なのですが、その版では陸自の車両は「いろいろな緊急自動車」という項目に「災害派遣車」のみで、他の陸上自衛隊車両は一切紹介されていません。
しかし、2013年の改訂版では、災害派遣車に加え、まるまる見開き1ページを使い、「自衛隊の自動車」という項目を新設して紹介しています。
この改定の背景について、小学館に問い合わせたところ、以下のような回答が返ってまいりました。
・災害支援で様々な特殊な車両を目にするようになった。
・子どもたちが車両をみてすぐ調べられるように種類を増やした。
自衛隊の印象というものは、昔に比べてかなりよくなっています。
1980年代は7割台を推移していましたが、現在は9割近くの国民が好印象をもっています。これはひとえに、東日本大震災を代表するような、災害支援のアピールが功を奏したのでしょう。
これはちょっと興味深いのですが、陸自車両を載せていない図鑑でも、海上自衛隊や航空自衛隊の護衛艦や軍用機は載せていたりするんですね。
例えば、先ほどの「小学館の図鑑NEO」の2003年版ですが、陸自はないくせに、、航空自衛隊はちゃっかり紹介しているんですね。
他にも、幼児向けの図鑑でも、「むかしのぐんようき」という項目で「ぜろせん」を紹介したり、
海上自衛隊の護衛艦を紹介したものもあります。
最近では、幼児向けの以下の図鑑に、護衛艦の記載がありました。
てきがせめてきたときに、にほんを、まもるふねです。
前掲書 P95
何が言いたいかというと、やはり陸上自衛隊というのは、空自や海自に比べると、より「軍隊」らしいイメージがあり、子ども向けの本に掲載するにはためらわれる部分があったのではないでしょうか。しかし近年、災害支援を中心としたイメージの向上により、読者側のニーズも高まり、いろいろな出版社が図鑑に掲載するようになった(「災害支援」の項目にするようになった)と言えるんではないでしょうか*5。
「はじめてのはたらくくるま」はどう評価できるか
以上の経緯を踏まえて、今回の「はじめてのはたらくくるま」を読み返してみましょう。ここからは個人的な意見なので、読み飛ばしてもらって構いません。
まず、この「はじめてのはたらくくるま」は、「はじめてののりものずかん」のシリーズのひとつです。
BCキッズ くわしい解説つき! はじめての のりものずかん 英語つき (ステップアップ知育ずかん)
- 作者: 講談社ビーシー
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/09/16
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
「はじめてののりものずかん」は以下のようなカテゴリで分かれています。
・しょうぼうしゃ
・けいさつしゃりょう
・はたらくくるま
・こうじげんばではたらくくるま
・まちのなかではたらくくるま
・そうじをしてくれるはたらくくるま
・いろいろなばしょではたらくくるま
・バス、じょうようしゃ、レーシングカー
一方、「はじめてのはたらくくるま」は、以下のようなカテゴリです。
・しょうぼう
・けいさつ
・こうじげんば
・いろんなばしょ
・りくじょうじえいたい
・こうくうじえいたい
・かいじょうほあんちょう
・かいじょうじえいたい
・こうそくどうろ
・いろいろなきんきゅうしゃりょう
・そうじをしてくれるくるま
中を比べるとわかるのですが、大幅に車種が増えたのは「しょうぼう」ぐらいなもので、やっぱり多数追加されたと感じるのは「自衛隊」の項目です。J-CASTの取材に対して講談社ビーシーの担当は、
そもそも自衛隊の車などを多数載せたのは、自衛隊から頼まれたことはなく、政治的な意図もなかったという。消防車も同じ分量の6ページを割いて紹介しており、働く車両が相当数載っているため、自衛隊以外でほかに探すのは難しかったとしている。
と答えていますが、この弁明もちょっとよくわかりません。例を挙げるなら、講談社ビーシはこの「はじめての~」の前にもいくつも自動車や乗り物の図鑑を出していて、今回の「はじめてのはたらくくるま」の前身とも呼べそうなものがあります。
はたらく くるま 101 大しゅうごう (BCキッズ 新・はじめての ずかん)
- 作者: 講談社ビーシー
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/10/25
- メディア: ムック
- この商品を含むブログを見る
こちらは、
・こうじではたらくくるま
・はこぶくるま
・しょうぼうしゃ
・けいさつのくるま
・どうろをまもるくるま
・くらしをささえるくるま
・くらしにやくだつくるま
・バス
という章立てになっています。「はこぶくるま」「バス」なんかは見開きで紹介してますし(はじめての~は1ページ)、他にも紹介できそうなカテゴリがありそうにも関わらず、どうして「自衛隊」を選んだのか。政治的意図というよりは、私はそこに趣味性を感じました。
この本の欠点は、カテゴリの「はたらき」が弱いことです。それぞれの車に対する説明は幼児向けにしては細かいですが、しかしカテゴリについての説明がいっさいないため、車種のマニアックな説明に終始してしまっている印象です。もっと直接的に言えば、それぞれの仕事に対する敬意が感じられません。そのため、「じえいたい」の項目も、今までの図鑑で見てきたような「国防」なのか「災害支援」なのか、何を強調したいのかもわからず、突然現れる9種の武器的な車両に驚かされるのではないでしょうか。ただ、多くの出版社が気をつかってきた(ようにみえる)陸自車両をあっけらかんと使う様子は、個人や会社というより、そういう時代の流れになってきている分岐点のようなところなのではないかなあと感じます。
今日のまとめ
①「はじめてのはたらくくるま」よりも前から、子ども向けの図鑑には戦車を含めた陸自車両が掲載されている。
②ただ分量から比べた時に、陸自車両の割合は「はじめてのはたらくくるま」は断トツで多く、その意図がよくわからない。
③陸自車両をどう扱うかは出版社の思惑が関係するところが大きく、災害支援を中心とした自衛隊の活躍によって、図鑑での取り扱われ方も変わってきている。
だからといって、私は出版をやめたほうがいいとはやはり思えません。村上春樹はプリンストン時代にこんなことを書きました。
(日本では)情報が咀嚼に先行し、感覚が認識に先行し、批評が創造に先行している。それが悪いとは言わないけれど、正直言って疲れる。(—中略—)これはまったくのところ文化的焼き畑農業である。みんなで寄ってたかってひとつの畑を焼き尽くすと次の畑に行く。あとにはしばらくは草も生えない。本来なら豊かで自然な創造的才能を持っているはずの創作者が、時間をかけてゆっくりと自分の創作システムの足下を掘り下げていかなくてはならないはずの人間が、焼かれずに生き残るということだけを念頭に置いて、あるいはただ単に傍目によく映ることだけを考えて活動して生きていかなくてはならない。これを文化的消耗と言わずしていったい何と言えばいいのか*6。
「やがて哀しき外国語」
とはいっても、こういうことは、どこの国のいつの時代も、そういえば何かしらずっと続いてきたことなのかもしれません。私もときどきは、水でもあげられたらなあと思います。
*1:発端と思われる新日本婦人の会の主張も、
この問題を新婦人はいち早くとりあげ、4月には、子育て中の会員らが講談社ビーシー編集部を訪ねて懇談。「29ページ中6ページも自衛隊の戦闘機や潜水艦、ミサイル護衛艦などを特集していてびっくり」「身近なはたらく車ではない」「子どもに与える影響を考えてほしい」とそれぞれの思いを伝え、編集部からは「初めてこうした声を聞いた、検討します」と回答。
という感じだったので、自衛隊滅びよという感じではありません。
*2:
今回調べた一覧はこちらです。
*3:ページ数だと「1ページに2台」などの場合にばらつきが出てしまうので、車両数にしました
*4:
ニューワイド学研の図鑑が掲載されていないのは、他の車種を私が調べ忘れたからなので、気が向いたら付け足します。「はじめてのはたらくくるま」が割合として大きいという結果は変わらないはずです。
*5:
また「のりもの」図鑑だと、海自と空自を載せて陸自だけないというのはいかにもバランスが悪く、そこの打開策を考えたかったということもあるでしょう。
*6:
書き写すのが面倒で、こちらから拝借しました。