ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

奴隷制度廃止記念日に黒人の少年は白人に傘を差したか、深淵をのぞくものは

ゾマホンさんのこんなツイートを目にしました。

 

 

 

奴隷制度廃止記念日に、黒人の人に傘を持たせているという絵面が確かに皮肉に見えます。

見えますが、果たしてこれをリツイートした人の中に、本当にこれが「奴隷制度廃止記念日」の写真か確かめた人はどの程度いるのでしょうか?そして、傘を差す彼の立場を知っている人は? 今回は、見た目だけでいろいろ判断しない方がよいというお話です。

 

 

***

 

いつの写真か

結論を書けば、この写真は確かにフランスの奴隷制度廃止に関する日のものです。

 

これは、2006年に制定された「journée nationale d'abolition de l'esclavage」*1というもので、毎年5月10日に設定されています。くだんの写真の演台みたいなところにも書いてありますね。

 

いつのものかというと、今年(2019)の5月10日にフランスのノワジー=ル=セックで開かれたものになります。まず、市のfacebookに似た写真があります。
 

こちらの写真は、くだんの写真の後ろ側から撮ったものですね。

f:id:ibenzo:20190827225220p:plain

https://www.facebook.com/391789657549315/photos/pcb.2252823814779214/2252803238114605/?type=3&theater より

 

主に出席したのはノワジー=ル=セックの市長と l'école Carnot *2の学生、関係者とFacebookの記事には書いてあります。まずこれで、写真の日時などが同定できるわけです。

 

少年は何者か

別の市議が投稿した画像があります。

 

 

こちらも同じように黒人の人が傘をさしていますが、相手もまた黒人です。なので、スピーチをする人には全員差していた、と考える方が妥当でしょう。

 

このツイートでは「学生の動員(mobilisation des écoles)」と書いてあるので、どうも傘をさしているのは、l'école Carnotの子供なのだろうと推測できます。

 

これだけでは子供にやらせているのかどうかがよくわかりませんが、同じ会に出席していた、LA CASE CREOLEという、クレオールの人たちを支援する団体の職員の人と思しきFACEBOOKにはこう書かれています。

 

Noisy-le-sec ville multiculturelle où les enfants bénéficient de bonnes notions de civilité, entre autre... La galanterie... L'enfant s'est spontanément proposé pour abriter les participants.
Les polémiques sont regrettables.

ノワジー=ル=セックという多文化都市に住む子供たちは、他と比べてよりよい礼儀の意識を持ち楽しんでいます。それは勇敢なことです。(傘を差した)この子供は参加したホストへ自発的に行ったのでしょう。

こういった議論は悲しいことです。

Bonjour à tous ! Lors de la... - Stephania Sannier | Facebook

 

この奴隷廃止記念日は、公教育への充実も求められており*3、「mobilisation」をどうとらえるかによりますが、まあ、学校の学習の一環のひとつではないかなと思います。

 

誰が広めたか

 

以上の話は、実はフランスのLibération紙の記事の情報を拝借させて頂きました。

 

www.liberation.fr

 

くだんの画像をGoogle検索にかければ、結構上位にくる記事です。フランス語は私だってよくわからないですが、Google翻訳にでも頼んで読めば、少なくとも、今回の写真のイメージを一義的に捉えるのはよろしくなさそうだということはわかるはずです。

 

私はもう少し突っ込んで記事を書くのですが、ではこの画像の発端はなんでしょうか。この画像を、奴隷制度廃止記念日の参加者側が出したのかどうかというのは結構重要な問題です。なぜなら、奴隷制度を反省する者が、何の考えもなくこの画像をアップしたらビミョーですが、それとは異なる立場の人間なら、この画像を投稿する意図の解釈はまた変わってくるからです。

 

Libérationは、アメリカの弁護士のツイートを載せてますが、どうもこちらはリツイート数なども極端に低く、発端と呼ぶには微妙な感じです*4

 

さて、そんな中でこんな情報があります。

 

Depuis ce matin, cette photo est très partagée sur les réseaux sociaux et fait polémique ! Le cliché a d’abord été publié par Jean Messiha qui l’a ensuite supprimé. 

今朝から、この写真(訳注:傘の写真のこと)はSNS上でかなり拡散しており、物議を醸している! 写真はJean Messihaによって初め広められ、後に削除されている。

Journée nationale de l’abolition de l’esclavage : Cette photo fait polémique - People Bo Kay

 

上記記事に書いてある通り、当該ツイートは既に削除されているので、画像が添付されています。

 

f:id:ibenzo:20190830000905p:plain

https://www.people-bokay.com/journee-nationale-de-labolition-de-lesclavage-cette-photo-fait-polemique/ より



 

Jean Messhiaは、フランス右派の国民連合(Rassemblement National)の党員です。このツイートの意味がちょっと自信ないのですが、「FAKEだと思うぐらい大ごとだよ」ぐらいでしょうか。

 

それはともかく、国民連合は移民政策に対しては排斥主義をとっており、多文化共生にそこまで寛容とは思えません。今回の子供たちと移民の話は直接関係はありませんが、人種の違いについて敏感な所属からの投稿ということは、この画像を解釈する上で留意しなければならないことでしょう*5*6

 

彼は既に当該ツイートを削除していますが、そこにどんなやりとりがあったかが気になるところです。アーカイブにも残っていないので確かなことはわかりませんが、削除するにはそれなりの批判的反応があったということでしょう。

 

初めての問題ではない

ちなみにこの「黒人が白人に傘を差す」という話で吹き上がるのは初めてではありません。2016年にも同じような話題があがっています。

 

 

同じように、これも奴隷制度廃止記念日の一幕です。写真は、ピエールフィット=シュル=セーヌの市長であるMichel Fourcadeに、黒人の少年が傘をかかげるという場面です。これも同じように否定的な反応が拡散されました。

 

しかし、これに対しては以下のような反論が、式典の代表者からなされています。

 

Il s'est mis à pleuvoir. Le garçon avait un parapluie, il l'a tendu.  

雨が降り始めた。少年は傘を持っていて、それを市長に手渡した。それだけだ。

Comment une commémoration pour les victimes de l'esclavage s'est retrouvée taxée de racisme à cause d'une photo

 

Michel Fourcadeの参謀のAlexandra Rosinskiも、市長を守るように少年が傘を差しだした光景は、「式典の成功を象徴するようだった*7」と回想し、このような写真の誤った解釈を悪意のある中傷だと非難しています。つまり、この話もまた、画像の切り取り方の問題だったわけです。

  

今日のまとめ

①ツイートの画像は確かに2006年に制定された「奴隷制度廃止記念日」の、2019年5月10日のものである。

②ただし、傘を差しているのは学校の生徒であり、参加した団体の職員の証言によれば、自発的な行いだったということである。無論、白人の出席者だけでなく、黒人の出席者にも傘を差している。

③この画像は右派の移民排斥論をもつ党員から出たものであり、多文化共生に不慣用な立場からの発信であることや、既に当該ツイートが削除されていることに留意が必要である。

④2016年にも同じような議論が起こっており、その際は画像を悪意を持って解釈されたということだった。この構図はそのような解釈の起こりやすいものであることは注意しなければならない。

 

私は写真を見たとき少し想像したのですが、「黒人が白人に傘を差す映像は誤解を与えるな」と思ったとして、果たして当日、自発的に傘役をかって出る相手を断れるのかと思いました。「それは絵面が誤解を招くから…」と言ってまさか断れないですよね?

 

私は別に「黒人が白人に傘を差すのはこの場に相応しくないのでは」という意見を否定したいわけではありません。ただ、切り取られた画像だけでは何も判断ができないと思うのです。極端な話、この画像は、例えば虐げられてきた者が許しを与える場面として捉えることだってできるはずです。冒頭でも書いた通り、この画像を見て嘲笑った人の中にどれだけ、この画像の出所や背景を気にした人がいるでしょうか。画像を見て胸に去来するものは、それはその人自身でもあります。それはあなたの鏡でもあります。自分が一体何を覗き込んだつもりになっているのか、我々は落ち着いて考えるべきでしょう。

*1:

Décret n°2006-388 du 31 mars 2006 fixant la date en France métropolitaine de la commémoration annuelle de l'abolition de l'esclavage. | Legifrance

*2:

Ecole élémentaire Carnot - Noisy-le-Sec - Seine-Saint-Denis (93) - Ministère de l'Éducation nationale et de la Jeunesse

たぶん。そうすると小学生なのかしらん

*3:

Dès l'école élémentaire et le collège, les enseignements, en particulier d'histoire-géographie, permettent à tous les élèves d'acquérir des connaissances sur la question de l'esclavage.

小学校及び中学校からの勉強、特に歴史や地理において、すべての生徒は奴隷制に関する知識を得ることができます。

Actions éducatives liées à l'histoire et à la mémoire - Journée nationale des mémoires de la traite, de l'esclavage et de leurs abolitions - Éduscol

 

*4:ただ、このツイートはツイートごと画像で拡散もされており、英語圏の広がりの一端を担っていたのでは、とも推測できそうです。

*5:

ただJean自体はカイロ出身で、フランスに帰化をしており、移民問題や人種の違いについてどの程度、党と意見が整合しているかは留保すべき点です。過去の発言からは、「移民が犯罪を起こしたらすべての移民の入国を禁止すべきだ(Terrorisme : un délégué national RN propose d'interdire l'immigration par "précaution")」などといったものもあります。

*6:同様に、批判的記事を載せたLibérationは対極の左派的な立場にあることにも留意が必要です。

*7:

comme cela arrive quand des personnes se succèdent lors de cérémoniesを意訳しました。