トンガの噴火は、その地理的条件から情報が圧倒的に少なく、いろいろと不確かな情報が出回っていました。
その中でも、「破局噴火」はトレンド入りするほどそこここでささやかれていましたね。
「破局噴火」のTwitter検索結果 - Yahoo!リアルタイム検索
しかしながら、時間が経つにつれ、この「破局噴火」という語が不正確であることが指摘されだしました。今回は、どうしてこのように広まっていったのか、そこらへんの経緯を記録的に残していこうと思います。簡単に結論を書くと、「2chのデマみたいです!」と、「英語の”Supervolcano"の訳語として相応しいかもしれない経緯」です。
【目次】
- 1月15日午後3時ごろ 噴火の情報
- 午後3:11 「破局噴火」の初出
- 午後6:09 NHK速報
- 午後8:24 バズったツイート
- 午後9:24 5ちゃんのスレッド
- 午後10:02 朝日新聞の記事
- 午後10:13ごろ まとめサイトに転載
- 1月16日以降 いっぱい広がる
- 「破局噴火」の歴史
- Supervolcano=破局噴火なのか?
- 今日のまとめ
1月15日午後3時ごろ 噴火の情報
日本時間の今日15日(土)午後に、トンガ近くにある火山島フンガトンガ・フンガハアパイで再び大規模な噴火が発生しました。昨日14日(金)の未明よりもさらに規模が大きいとみられます。
噴火自体は14日未明にもあったのですが、15日午後の方に反応が大きく集まっています。津波の映像や、
Stay safe everyone 🇹🇴 pic.twitter.com/OhrrxJmXAW
— Dr Faka’iloatonga Taumoefolau (@sakakimoana) 2022年1月15日
まるで夜になった写真、
Raining ash and tiny pebbles, darkness blanketing the sky. pic.twitter.com/hAaiWATYKE
— Dr Faka’iloatonga Taumoefolau (@sakakimoana) 2022年1月15日
噴火の様子がわかる衛星写真など、
Hunga Tonga やばいことになってる。 @HiroyukiShioi さん情報 pic.twitter.com/B12s6xwniT
— F. IKGM🌏地球科学ニュース速報 (@geoign) 2022年1月15日
情報が少しずつ集まってきたらでしょうか*1。
午後3:11 「破局噴火」の初出
URLは載せませんが、「フンガトンガ・フンガハアパイで破局噴火? 」というタイトルで、個人の方の記事が出ます。
Twitter上では現在確認できるところでは、ここまでのところで、トンガの件に関連した「破局噴火」の言葉は出てきませんので、これが初出となります。
ただ、ここにいたるまでに、繰り返し噴火の衛星写真のツイートが出て、その規模についての認識が広まっていっています。
午後6:09 NHK速報
NHKの速報で、「太平洋広域に津波発生の可能性」という記事が出ます。
気象庁によりますと、日本時間の15日午後1時10分ごろ、南太平洋のトンガ諸島で大規模な火山噴火が発生しました。この噴火について気象庁は、太平洋の広域に津波発生の可能性があるとして日本への影響を調べています
ここまでの間に、徐々に「破局噴火」というワードが出始めていますが、加速度を増したのはこの報道の後でしょう。もちろん、記事内には「破局噴火」という表現はありません。
ところが興味深いことに、ここらへんまでと、これ以降の「破局噴火」という言葉、「破局噴火?」「破局噴火レベルじゃね?」といった疑問形のものから、「これは破局噴火じゃないでしょ」「これは破局噴火とまでいえるかなあ」みたいな否定する呟きまで、あまり肯定的に使われていない例が目立つように感じます。
以下は、NHKのニュース速報から、次項で記すまとめサイトの記事掲載までの間の、「破局噴火」を含むツイート181件の傾向です。
「これが破局噴火か…」「破局噴火なんてヤバくね?」*2というようなものから、ちょっと甘めに、「破局噴火レベルの噴火だ」「もうこれ破局噴火じゃね?」みたいなものまでも「断定」の中に入れています。一方で、「これって破局噴火なの?」「破局噴火ってホント?」みたいなものは疑問、「これは破局噴火じゃない」「破局噴火のレベルより下がる」みたいなものは否定の中に入れています。が、半数のツイートは、そこまで「破局噴火だ」と言っているわけでもないんですね。
午後8:24 バズったツイート
「トンガで大規模噴火」と聞いてもピンと来ない方はこちらをご覧ください。関東と比べてみると、凄まじい規模の噴火だったことが分かります。正確な規模はまだ判明していませんが、富士山で想定されている噴火や、桜島で日常的に起きている噴火とは比べ物にならないくらい大規模です。 pic.twitter.com/Xt4ZwhDCIX
— 人が死なない防災 (@bosai_311) 2022年1月15日
午後8時台の、人が死なない防災さんのツイートがかなりバズります。関東地方とトンガの噴火が同程度だというものを可視化した画像です。これはかなりインパクトがあったのではないでしょうか。
午後9:24 5ちゃんのスレッド
5ちゃんで「トンガのトンガフンガ噴火が思ってたよりヤバい 観測史上初のVEI=7(破局噴火)の可能性」というスレッドが立ちます。
立ち上げたときの書き込みには、タイトル以外に「破局噴火」はないのですが、スレッドにはちらほら見られます。
46斑(茸) [CH]2022/01/15(土) 21:51:24.54ID:***
まさか生きて破局噴火を目にする事になるとはなぁ
321ピューマ(鹿児島県) [US]2022/01/15(土) 22:26:16.43ID:***
破局噴火て!
こえええ
午後10:02 朝日新聞の記事
朝日新聞が、専門家のコメントを出しています。
噴火規模を0~8で示す火山爆発指数(VEI)も同じ6程度の可能性がある」と指摘した。
実は、この記事に出ている「火山爆発指数(VEI)」という言葉もそれまでに頻繁に呟かれていて、Wikipediaの記事も結構引用されています。
実は上のWikipediaにおいては、「VEI8」が「破局噴火」として書かれています。VEI7が「破局噴火」としているのは、「破局噴火」のWikipediaですね。(これは前項の5ちゃんのスレッドもそうですね)。
いずれにせよ、VEI7ということではないものの、ネットの記事上では初めて出た専門家のVEIへの言及であり、どうやら「破局噴火」と近い規模のものではないか、という認識に一役買うわけです。
午後10:13ごろ まとめサイトに転載
さて、ここからが真打なのですが、先ほどの5ちゃんのスレッドがまとめサイトに載り始めるのがこのころです。
【速報】トンガの噴火が思ってたよりヤバい!!! 観測史上初のVEI=7(破局噴火)の可能性:暇つぶしニュース(22:13ごろ)
トンガのトンガフンガ噴火が思ってたよりヤバい 観測史上初のVEI=7(破局噴火)の可能性 | TweeterBreakingNews-ツイッ速!(23:10ごろ)
痛いニュース(ノ∀`) : 【動画】トンガの噴火が思ってたよりヤバい 観測史上初のVEI=7(破局噴火)の可能性 - ライブドアブログ(23:15ごろ)*3
特に、「痛いニュース」は大手まとめサイトであるためか、ここから「破局噴火」の言葉の拡散が一気に広がります。ツイート数もここから上がり始め、日付変わって16日0:30あたりがピークになります。
この時間に突出しているのは、もしかすると、緊急速報メールの受信や、避難が始まったことも関係しているかもしれませんね*4。
Twitterのトレンド入りが正確に何時かはわかりませんが、午前1:55にそのような呟きが見られるので、そのあたりかと。
1月16日以降 いっぱい広がる
さて、これ以降はTwitterのトレンドにも常時「破局噴火」が居座るので、朝起きた人たちがこの語をみて、Wikipediaで調べて、まとめサイトを見て、またそれを呟いて…ということが繰り返されるわけです。
もちろん、「破局噴火じゃないでしょ」というツイートもあるわけですが、表層ではもうなんだかよくわからず、「トンガの噴火は破局噴火っぽい」という情報が歩き回る結果となりました。
「破局噴火」の歴史
なので、雑にまとめると「2chのデマみたいです!」になるんですが、そもそも「破局噴火」という言葉はどうしてこう、人口に膾炙しやすかったんでしょうか。
皆さんがWikipediaから賢しらに引っ張ってくる情報を私も倣って引っ張るのですが、小説の中の造語とのこと。石黒耀氏の『死都日本』の中に出てきます。
こうなってしまうと、今更、日本の火山学者が、
「本当は、”じょうご型カルデラ火山の破局的噴火”です」
と言っても誰も聞いてくれそうにない。国際用語としてはこのまま「破局噴火」の方が定着してしまいそうだった。『死都日本』(講談社文庫)
ところが面白いことに、この石黒氏の作品は日本地質学会にも評価され*5、火山学者と一緒に2003年にシンポジウムが開かれます。
このシンポジウムの中で、「破局噴火」の定義について、先生たちはいろいろと語っています。
「大型のカルデラ形成を伴う大規模火砕流の発生現象」
(宇井忠英(北海道大学大学院理学研究科))「M7.0*6を超える噴火」
(早川由紀夫(群馬大学教育学部))「近代国家が破滅する規模の爆発的巨大噴火」*7
(林 信太郎(秋田大学教育文化学部人間環境課程))
もちろん学術用語ではないので、定義が定まっていないのですが、専門家たちの間でもなかなかよい表現だと受け入れられていたという素地があったという点がひとつ。
高橋(2012)によれば*8、超巨大噴火の国際的な定義はなのですが無いようなのですが、町田・新井(2003)*9によって、「みかけの噴出量が100㎦を超えるものは「破局的噴火」とよばれて」いるそうで、この「破局的噴火」ないし「破局噴火」は、簡単に論文検索するとひっかかるので、けっこう学会内では定着しているようです*10。
なので、非常に稀有な例だとは思うのですが、造語から専門用語的使用に変化して定着し、様々な場面*11で使われてネット上に意味が残っていること、響きのわかりやすさやインパクトが認められて、今回のように簡単に広まったのではないかなと感じます*12。
Supervolcano=破局噴火なのか?
ただちょっと気になるのが、supervolcanoはGoogleで訳すと「破局噴火」と勝手に変換されるようなのですが、それはちょっと違うのでは?と思わなくもありません。
そもそも、Supervolcanoは、VEIが最大値の8を指すと定義されているので、日本の定義である「VEI7」とはちょっとずれています*13
とは言っても面白いことに、「Supervolacano」という英語自体も、科学的背景を欠いた語として認識されるムキもあるようです。
ERIK KLEMETTIなる人の「The Rise of a Supervolcano(Supervolcanoの台頭)」という記事が
大変興味深いのですが、彼は、この「Supervolcano」なる語がどのように生まれたかというのを解き明かしています。以下抜粋。
まず、用語として見られるのが1925年。Helen Bridgemanによる”Conquering the World”。ただしここでは、インド洋の夕焼けの美しさの表現を「Supervolcano」と称しています。
次に1949年。Howel Williamsの”The Ancient Volcanoes of Oregon"。これは研究的用語として使用したようですが、オレゴン州の大きな3つの山がその活動によって統合され、より大きな火山になる、程度の意味で、噴火とはちょっと違うんだとか。
細々とそのあともあるんですが、広まるきっかけの一つが、BBCのドキュメンタリーで、そこで引用されたトバ火山の噴火*14についての研究の「Supervolcano」という単語が曖昧に使用されたのではないかと。
地質学的な用語として登場するのは2002年、悪名高いRBTrombleyというアマチュアの地質学者の論文で、イエローストーンの噴火予測の際に用いています。実際の学者が使用し始めるのは2004年以降で、Ben Masonは巨大な噴火の用語の変遷のひとつに「Supervolcano」を挙げており、刺激的な用語として入りこんでいると語っています。
その後、2005年の同じくBBCのドキュメンタリードラマ*15によって完全に市民権を得ると、それを後付けで認めるようにアメリカ地質研究所が「Supervolcano」の大まかな意味を考え(Erikいわくそれは「定義」ではない)、2008年のthe Geochemical Societyによる特集号によって決定づけられた、とのこと。
こうやって見てみると、センセーショナルな字面から、メディアなどに使われ、いつの間にか定義まで決められて用語として定着していく――うーん、これはまさに「破局噴火」のたどった道とどっこいどっこいで、これほど訳語が適しているものもないかもしれませんね。
今日のまとめ
①トンガの噴火が「破局噴火」と広まった大きなきっかけは、まとめサイトの記事の影響が大きい。
②「破局噴火」自体は小説の造語であり、正式な学術用語ではなかったが、適切な用語がなかったこともあり、後付け的に研究者側が使用し始めた経緯がある。
③英語訳は「Supervolcano」だが、こちらの語も、定義があいまいなままなし崩し的に学術用語として定着していった経緯があり、「破局噴火」と親和性が高いように思える。
ちなみに、朝日新聞は1月16日の記事において、ついに「破局噴火」という語を使用しています。
有料記事ですが、記事内でもはっきりとVEIの7や8が「破局噴火」であると説明しています*16。実は、Gsearchで調べると、「破局噴火」という用語をメディアで今まで使用したことがあるのはたった2つの記事(読売と神戸新聞)ですので、なかなか思い切った記事です(もしくは不正確な言葉を使用した記事か)。この先、トンガの噴火を語ることをきっかけとして、「破局噴火」はより市民権を得ていくのかもしれません。「Supervolcano」と同じように。
私はどっちかというと、「もっと正しい言葉を使わなきゃ!」とかは思わず、どうしてみんなそんな風に使うようになったんだろうというところに興味があります。けれども、学者はけっこう、こういう言葉の定義をしっかりさせたい派かと思っていたのですが、どうやらそうでもなさそうな経緯も見えてきました。携わっている方は、この「破局噴火」もしくは「破局的噴火」なる語について、どのように考えているのか知りたいところです。
、
*1:一応トンガ在住の方のようで、たぶん写真などは本物とは思いますが…
*2:一応、語尾など変えてツイートは引用しています
*3:
ちなみに、痛いニュースの記事は、タイトル以外に「破局噴火」への言及がない
*4:
神奈川県で「津波」関連の緊急速報メールが多数配信、設定にミス(Impress Watch) - Yahoo!ニュース
*5:
日本地質学会 - No.173 2012/4/3 geo-flashには、「2005年本学会表彰」とある
*6:この噴火規模の定義は早川先生独自のものです
*7:これは『死都都市』の表現でもありますが
*8:
「超巨大噴火と「火山の冬」」高橋正樹 2012 P279
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jar/27/3/27_278/_pdf/-char/ja
*9:
町田洋・新井房夫『新編 火山灰アトラス』と思われる。
VEI7(100~1,000 km3)以上は破局的噴火と呼ばれ,社会に大きな影響を及ぼすものの,その頻度は低く,有史以降は発生していない。
https://www.jepoc.or.jp/tecinfo/library.php?_w=Library&_x=detail&library_id=454
*10:
Google scholarの「破局的噴火」の検索結果
*11:
記事なんかにも使用されています。
阿蘇山が破局噴火した場合、2時間ほどで火砕流が700万の人々が暮らす領域を焼き尽くす。
*12:ただちょっと、派閥的なものも感じるので、どの程度専門家の間で市民権を得ている言葉なのかはご存じの方から知りたいところです
*13:
The term "supervolcano" implies a volcanic center that has had an eruption of magnitude 8 on the Volcano Explosivity Index (VEI),
Questions About Supervolcanoes | U.S. Geological Survey
*14:
*15:
BBC - Science & Nature - Supervolcano
*16:
町田・新井の定義に従うなら、「破局的噴火」ではないのか?とは思うのですが。