「ご飯」と「ライス」に違いがあるのを知っていますか? 英語と日本語? お皿の違い?ノンノン、実は調理法に大きな違いがあったんですね。
上記記事によれば*1
◎ ごはん
自宅でお米を食べる時と同じように、水からお米を炊いて水がなくなった頃に炊き上がり、という方法で炊かれています。粘りがあり、日本人が好む食感になっています。
◎ ライス
ライスは、外国人好みになるように炊かれています。普通に炊くのではなく、途中で水を捨てて蒸すことで、サラッとした炊き上がりになります。日本では昔、「干し飯(ほしいい)」を作る際にこの炊き方が用いられていましたが*2、現在はほぼ使われていません。
とのこと。へえー、知りませんでしたー
というわけで、本当にそうなのか、というところを調べてみました。
レストランで区別はしていない
まずは、そもそも現在、色々なレストランやお店で「ライス」「ご飯」表記がありますが、調理法を区別しているのか、大手ファミレスやご飯を扱ってそうなチェーン店に訊いてみました*3。
調理の違い
|
表記の違い | ||
ご飯 | ライス | ||
すかいらーくグループ | なし | 茶碗 | お皿 |
ココス | なし | 容器のちがい | |
オリジン弁当 | なし | 明確な定義はない | |
デニーズ(セブン&フードシステムズ) | なし | 飯器など深い容器 | 平らな皿 |
ロイヤルホスト | なし | 茶碗もり | プレートもり |
結果を見ると一目瞭然、どのレストランもスーパーも弁当屋も、「ご飯」と「ライス」の調理法の区別はありませんでした*4。
なので、現在、大手ファミレスやらチェーン店やらで「ごはん」「ライス」を、調理法で区別しているところはないということです。
湯取り法の誤認か
しかし、空からこういう謎理論が出てこないとは思うので、何かの理屈を援用しているはずです。
ということで調べてみると、「湯取り法」という米の調理法に酷似していることがわかります。
中世までは、ご飯を炊くのは「湯取り法」というやりかただった。湯取り法は、多めに水を張った鍋に米を入れ、沸騰後に余分な煮汁を捨てる炊き方だ。つまり、炊き干しのように最後に蒸さずに、ご飯を「煮る」方法だ。
奥村彪生の『ごはん道楽』(雄鶏社)によれば、現在は「東南アジアや中国で行われている炊飯法」であるとのこと*5。奥村は、熱帯地方でこの炊飯法が用いられるのは、「腐敗しにくいから」*6と述べています。日本でも江戸期ではこの「湯取り法」が用いられており、農繁期に三度も炊いてはいられないことから、「朝、一発炊いておけば夕方までもつ」ことで、使われていたのではないかとのことです。前掲したJB Pressの記事では、当時食べていたものに雑穀が多かったために、ふやかす必要があったと書いてあります。
この方法で炊くと、「おねば」が流されてしまうので、サラサラな状態で炊き上がるんだとか。おお、「サラッとした炊き上がり」というニュース記事とも一致しますね。どうやら、「ライス」の調理方法というのはこの「湯取り法」が誤認されたものだと思われます。
「ライス」と「ご飯」の違いの初出は何か
恐らくにはなりますが、東南アジアなどではインディカ種のような、ねばりけの少ない長粒種が使われているため、それを海外のお米という意味で「ライス」と呼び習わした、というところではないでしょうか。以下のサイトでは、こんな説明をしています。
またライスは日本米以外の米にも使われるため、バスマティ米やインディカ米(俗にいうタイ米)などについても、ご飯とは呼ばずライスと呼ばれる。またこれらの米は炊き方が日本の白米とは違い、主に炒め煮、つまり研いだ米を軽く炒めた後に水を加えて煮ることで調理される。
少々調理法が違いますが、こういう説明は以前からあるようです。見つけた中で一番古い「ごはん」と「ライス」の違いの説明は以下のもの。アーカイブをとられたのは2004年4月8日。
ご飯とライスは、調理法が全く違うのです。
ご飯は、米を適量の水で炊き上げていきます。その過程で、白くノリ状になった湯(水)は米に吸収され、ふっくらと炊き上がります。これを「吹き干し法*7」と言います。
一方ライスは、途中でノリ状になった湯(水)を一旦捨ててしまい、もう一度新しい水で煮る。このため、炊き上がった米は水分が少なく、パラパラ状になります。これを「湯取り法」といいます。
もちろん、湯取り法の方が、吹き出し法よりも粘り気が無くなります。http://web.archive.org/web/20040408032853/http://page.freett.com/kiguro/zzz/z-tabemono/gohan.html
このホームページは色々な雑学を載せたページなのですが、恐らく何かを参考にしたと思われるのですが、それはちょっとわかりませんでした。個人的には、何かの雑学の本に書いてあったのではないか、と推測します*8
まとめると、
一、東南アジアなどでは米を「湯取り法」で調理している
二、それらの海外の米を「ライス」と呼んで区別する場合があった*9
三、上記2つが混同され、「ご飯」「ライス」の区別が調理法によると説明されたのではないか
というところでしょうか*10。
「ライス」の意味はどう変わったか
と、ここで終わってもいいのですが、そもそも「ライス」という言葉は、どのように日本に定着していったのでしょうか。
なかなか興味深いことに、「ライス」という言葉が、1998年ごろに「若い学生の言葉」として紹介されています。
新しい言葉
学生が用いる現代言葉と20年前ぐらいの言葉は,もちろん変化しています.これはその一例です.左が20年前,右が現代語です.
(中略)
ごはん=ライス:レストランではごはんと言ってもライスですねと念を押す.
この方は同志社大学の理工学部のセンセイのようで、他の用例を見ると、あれ98年ってこんな感じだったっけと思ってしまうのですが、いずれにせよ、このころ、あの白い炊かれたごはんを「ライス」と呼ぶことに、違和感を感じる人がいたということです。今のような意味で「ライス」を使うようになったのはいつごろなんでしょう。
というわけで、各種辞典をのぞいてみます。
ライス 食堂で、皿に盛ったご飯。
新明解類語辞典 2015 P985
ライス(飲食店で、客に出す)ごはん。「ー一丁 ーカレー」
新明解 第七版 2012 P1572
ライス(rice) 米。ごはん。とくに、皿に盛った洋食用のごはん。
現代用語の基礎知識 カタカナ・外来語/略語辞典 第四版 2011 P728
ライス(rice) 仏riz(リ)伊riso(リーソ) レストランや食堂などでのご飯の呼び名。日本では「ライス」と言っているが、英語のriceには「稲、もみ、米(粒)、ご飯」の意味がある。→こめ
日本語から引く「食」ことば英語辞典(小学館)2004 P207
ライス 食堂などでいう、ごはん。「パンにしますか、~にしますか」→rice
類語大辞典 大活字版(講談社)2004 P66
2000年代の辞典には、この「ライス」の用法が「食堂・レストラン」で提供される炊かれた「ご飯」を指すという事が明示されています。1998年出版の『実用外来語辞典』(本の友社)にも、
ライス(rice) ①米。②レストランなどで出る米飯。
『大きな文字の実用外来語辞典』(本の友社)1998 P372
と、似たような解説がついています。
しかし、1988年出版の『日本語になった外国語辞典 第2版』(集英社)では、
ライス(rice) 米。飯。
『日本語になった外国語辞典 第2版』(集英社)1988 P936
と、そっけない説明に変わっています。調査数が少ないので、この段階で即断はできませんが、どうも「ライス」という語が現代的な飲食店で出される「ご飯」として一般的な認知を得たのは、90年代になってからではないか、という推測ができます。なんとなく、個人の感覚では、もうちょっと前から言っていたような気もするんですけど。
辞書の意味の変遷
もう少し細かく調べるために、広辞苑の各版の「ライス」の説明の違いを調べてみました。
まず、第一版。これは1955年のものです。
ライス(rice)①米。②御飯。ー・カレー
広辞苑第一版 1955 P2211
普通の説明ですね。
続いて第二版。これは1969年。
ライス(rice)①米。②御飯。ー・カレー(和製語)
広辞苑第ニ版 1969 P2296
「ライス・カレー」に「和製語」というキャプションがつきましたが、内容に特に変化はありません。実は、1991年の第四版まで(第二版の補訂を含め)、これ以降記述に変化はありません。
少し説明が変わるのが、1998年の第五版です。
ライス(rice)①米。②米を炊いたもの。御飯。
広辞苑第五版 1998 P2771
わざわざ、「②御飯」の説明に、「米を炊いたもの」という記述が付け加わりました。私は辞書マニアではないので、各版の違いを正確に説明できるわけではないのですが、この変化は、やはり時世を見ての記述だと思うのですが。
では、今のところ最新の、2008年の第六版ではどうでしょうか。
ライス(rice) ①米。②米を炊いたもの。ご飯。食堂、レストランなどでいう。
広辞苑 第六版 2008 P2920
ついに、最新版では、「食堂、レストラン」という記述が加わりました! こう見ていくと、「ライス」という言葉が、ただの英訳から、飲食店で提供される炊かれた「ご飯」という意味に変化していく様子がわかります*11。
ここからは妄想になりますが、現在のようなファミレスができたのは1970年代と言われており、24時間営業になり全国的に拡大していったのは80年代のバブル期といわれています。90年代以降はバブルが弾け、低価格化がすすみ、若者も利用しやすい「日常」の場所として定着していきました*12。レストランはたまの休みの贅沢ではなく、日常のものへと変化していったわけです。そして、そのレストランで使われていた「ライス」という語も、日常のものへと変わっていったのではないでしょうか。
ライス・カレーのおかげ
しかし、それ以前に日本で「ライス」という語が使われなかったというわけでもありません。角川の『外来語辞典 第二版』に、「ライス」に関する面白い説明があります。
ライス ライス カレーの略。「ライス1丁あがりいッ」中野重治『むらぎも』1955
『角川 外来語辞典 第二版』1977 P1409
『むらぎも』を私は浅学で読んだことがないのですが、小説の時代背景は昭和2年ごろということなので、これが正しいなら、「ライス」は元々は「ライスカレー」として使われていた時期が戦前からあるようです。
それを示す一つの例として、当時の国語辞書には、「ライス」の項目はありませんが、「ライス・カレー」の項目が存在していたという事です。
『大日本国語辞典 第四巻』1919 P1391*13
『家庭辞書』1905 P753*14
青空文庫で「ライス」をぐぐってみても、戦前から戦後にかけて、大概出てくるのは「ライスカレー」もしくは「チキンライス」です*15。
ライスカレーを二枚三枚お代りするにもモジモジしてとても上品に乞食ぶるのがあざやかでして、週に二度か三度ぐらい、それ以上は来ません。
『裏切り』坂口安吾 1954*16
手で剥いたって、いいじゃないか。ロシヤでは、ライスカレーでも、手で食べるそうだ。
『食通』太宰治 1942*17
ある食堂の片隅の食卓に女学生が二人陣取ってメニューを点検していた。「何たべる」「何にしよう」……「御飯だの、おかずだの別々にたべるの面倒くさいわ、チキンライスにしましょう」。
『雑記帳より(Ⅰ)』寺田寅彦 1934*18
角川の辞典が言うように、どれだけ当時の人々が「ライスカレー」を「ライス」と略していたかは何とも言いがたいですが、少なくとも「ライス」といったら、ただのご飯ではなく、料理名として認識されていた、ということは言えるんではないでしょうか。
カレーライスの歴史は諸説あるようですが、明治の終わりごろには一般大衆にも「じゃが・玉・にんじん」のカレーが定番となってきたようですから*19、「ライス」が炊かれた「ご飯」であるという認識は、戦前から既にあったのではないでしょうか。ただ、当時はそれが料理名としてしか結びついていなかったものが、70年代以降のファミレスの広がりによる外食産業での「ライス」呼称から、ただの「ご飯」として認識されるようになった、というところではないでしょうか。
その意味からも、「ライス」が調理法の違い云々という説明が疑わしいのは、そもそも、「ライス」=「ごはん」という認識の定着が新しいものであるという事からも、説明ができると思います。
今日のまとめ
①現在のファミレスなどにおいて「ごはん」と「ライス」の違いは提供する容器の違いであり、調理法に区別はない。
②ネットに出回っている「ライス」の調理法は、「湯取り法」と呼ばれる、東南アジアなどの国で行われている方法との混同である。
③「ライス」が「炊き上げ法」と混同された経緯は、「炊き上げ法」が外国の米によって多くなされるものであり、「海外の米→海外の調理法→米の英語名→ライス」というようないきさつがあったのではないか。
④そもそも「ライス」が炊き上がった「ごはん」の意味として定着し始めたのは90年代ごろからと推察され、それはファミレスの日常化とつながる部分もあるのではないだろうか。
⑤「ライス」自体の語の広まりは、「ライスカレー」の普及も一役買ったものと思われる。
以上、「ごはん」と「ライス」の違いの定義の不確かさから、日本における「ライス」呼称の話まで、推論を交えならオハナシしました。90年代って、そんなに遠くないような気もするんですけど、もうその頃、その言葉がどんな風に使われていたかなんて、あんまり思い出せないもんなんですね。今使われている「ライス」も、あと20年ぐらいしたら、どんな風に変わっちゃってるんでしょうか。この記事が、そのときの記録になればと思います(残ってないか)。
*1:本当は先月の記事を載せたかったのですが、さすがに文句が多かったのか、記事が削除されており、今はGoogle cacheしか残っていません。
まず「ご飯」。
自宅でお米を食べるときは、お米をといだあと、炊飯器や土鍋に水を入れて炊きあげますよね。
水がなくなったころ、炊き上がり。
これが「ご飯」の調理法です。
お米が水を吸収して炊かれるので、粘りがあり、日本人が好む食感になっています。次に「ライス」。
お米をといで水を入れ、炊くまでは一緒。
ですがこのあと、途中で一度水を捨てます。
その状態で弱火でしばらく蒸し、出来上がったのが「ライス」。
外国人が好むような、パラパラした軽い仕上がりになります。よくよく思い出してみると、定食屋さんではもっちりとした和食に合う「ご飯」、洋食屋さんではパラパラとした洋食に合う「ライス」が出されていると思いませんか?
それにしてもライブドアニュースは同じような記事を何回も載せているんですな
*2:この説明はアヤマリで、「ほしいい」と「炊き上げ法」は全く別の調理方法です。
本山 荻舟の『飲食辞典』(平凡社ライブラリー)によれば、「ほしいい」は平安時代から「道明寺」の名で親しまれてきた「乾燥備蓄される飯」の意であり、干す工程が必要になります(下巻・P555)。いわゆるアルファ米というやつで、お湯で戻して食べたりするので、旅先の携行食として使用された経緯もあるようですが、全く別のものです
*3:各企業が掲載している問い合わせ窓口に聞きました
*4:デニーズは丁寧に「ライスを「ご飯」と仰るお客様へは、「ご飯」とお答えするように極力致しております」と、気を遣っていただきました
*5:『ごはん道楽』雄鶏社 1993 P59
*6:奥村 1993 P59
*7:これは「炊き干し法」の誤植ですね。あとの記述では「吹き出し法」と書かれていて、もうめちゃくちゃです
*8:主要参考文献というリンクには、
http://web.archive.org/web/20040504163617/http://page.freett.com/kiguro/zzz/sankou.html
いくつか書籍が載っていたので、確認できるものはできるだけしましたが、記述はありませんでした。
○知ってるようで 知らない日本語1~5
○「違い」がズバリ!わかる本―知ってるようで知らない… たとえば、元旦と元日どう違うの? (青春BEST文庫)
まあ、調べられなかったものもあったので、そこに書いてある可能性もあります。調べられたら追記します。ただ、ぽたぽた焼きの知恵袋なんてどうやって調べればいいんだ・・・
*9:ただ、この区別も正式なものかどうかは疑わしい
*10:他の国では米をどう調理しているか、というところまでは今回調べませんでしたが、こんなページもありました。
「煮る」「蒸す」の米の調理法の違い、ということで、いくつかの国からいくつかの回答が寄せられています。いわゆる「炊き上げ法」で行っているやりかたもあれば、そうでないものもあります。別に「西欧の米の炊き方」=「炊き上げ法」ではなさそうなので(だいたい白飯だけで食べないし)、西洋料理屋が「ライス」を出すという感覚はとても日本人的だと思います
*11:無論、これは広辞苑に限った話で、他の辞書は扱いが違うでしょう。
例えば、2000年の『集英社国語辞典 第二版』は「米。また、炊いた米」(P1864)という説明。2006年の『大辞林 第三版』は「米の飯」(P2639)というそっけない説明です。
ただ、定期的に版を重ねる広辞苑にそのような説明の変化がある、というところは意味のあるところなんではないか、と思います
*12:ファミレスの歴史を学ぶ | ファミレスバイトリサーチ
第145回常設展示 外食の歴史 | 本の万華鏡 | 国立国会図書館
*13:
国立国会図書館デジタルコレクション - 大日本国語辞典. 第4巻に〜ん
*14:
*15:青空文庫内で確認できた「ライス」だけの用法は2つ。
ちょっとそれからライスは焚きたてがある?
『街の断片』原民喜
『十一番さん、御飯(ライス)おかわり!』
『踊る地平線』谷譲次 1934
これはどちらも「ご飯」の意味で使っています。前者はダンサーという職業柄か、後者は外国の日本料理店の出来事からということで、わざわざカタカナに直したようです