全く足立議員に興味はないのですが、「李下に冠を正さず」の使用法について、ちょっと話題になっているようですね。以下のツイートが気になりました*1。
足立議員の「李下に冠を正す」発言に爆笑したんですが、検索してみたら「李下に冠を正さず」が良くないことで「李下に冠を正す」がいいことだと勘違いしている人がそれなりにいるという事実に気付きました。「襟を正す」とごっちゃになっているんですかね。
— 永山薫@マンガ論争編集部 (@Kaworu911) 2017年11月18日
発言については、以下のもののようです。
足立議員は「『李下で冠を正した』安倍首相を、『犯罪者たち』が取り囲んで非難しているのが、今の国会だと思う」と述べた。
私が気になったのは、果たして足立議員のこの使用法は誤用なのか、そして、「李下に冠を正す」を「いいこと」と勘違いしている人は「それなりにいる」のかということです。
足立議員は正しい使い方も知っている
11月15日の文部科学委員会のものなので、議事録はありませんので、よっこらせと見つけてきた動画から、当該発言を書き起こしてみると、質問の冒頭で、足立議員はちゃんとした使い方をしていることがわかります。
私もね、安倍総理は脇が甘かったと思います。安倍総理自身が、『李下に冠を正さず』ということで、李下で、李下において、冠に手をかけてしまったということは、安倍総理自身が認めてらっしゃるわけですね*2。私はそれは、安倍総理には重々反省をしていただきたい。こう思ってるわけですが、その、李下で冠を正している安倍総理、あるいは政権与党に対して、追及をしている人たちがですね(以下略)
今回話題になっている部分の発言は、追及している人たちが献金をもらっている輩ばかりではないかという口上のあとです。
即ち、犯罪者である、犯罪者とは言いませんよ、私は犯罪者だと思ってますけど、個人的には、『李下で冠を正した』安倍総理に対して、犯罪者たちが、周りを取り囲んで非難している、というのが、今の国会だと思いますよ。
という彼の一連の発言を読むと、安倍総理は『李下で冠を正す』ような、周りから疑われてしまうような紛らわしい行為をした、くらいの意味でしょうかね。足立議員は安倍総理擁護派のようですので、言外の意を汲むならば、「(本当はやってないけど)疑わしい行為をしてしまった安倍総理を、(本当はやってる)犯罪者たちが非難している」ということでしょうか。内容の是非はともかく、この対比的な使い方はよろしいのではないか、と個人的には思います。
「いいこと」と勘違いしている人はあまりいない
元ツイートは、よく考えるとちょっと曖昧なのですが、「李下に冠を正さず」が「良くない」意味だというのは、否定的なニュアンスで使用しているということでしょうか。えーっと、「疑わしいことをする行為」ということかな。
で、「李下に冠を正す」が「いいこと」だと思っている人は、「疑わしいことを避ける行為」という意味で解釈している、ということでしょうかね。「正す」の方が本来の意味で使われていると、私は解釈しました。
では実際に、「検索してみた」ということなので、私も検索してみました。
手順としては、
①Googleで「”李下に冠を正す"」で検索。
②上位100件について、「疑わしいことを避ける行為」の意味で使っている用例をピックアップする。
です。
ところが、記事執筆当初(11月19日23時ごろ)では、4500件のヒットがあったにもかかわらず、ほとんどが、当該ツイートに関する言及によるもので、11月23日1時頃に改めて用例を検索してみたのですが、とりあえず全ての結果に目を通したつもりですが、当該ツイートに関するもの、「Yahoo」のリアルタイム検索や、全くの同一内容の記事、「李下に冠を正す」の用法でない場合は除外したところ、80例しか集められませんでした。意外に「李下に冠を正す」世界は狭い。リストについては、PDF化したものを格納している*3ので、興味がある人はご覧下さい。
ところは、その80例のうち、ほとんどは「正しい」使われ方をしていました。たとえば、前川氏のガールズバー通いに関する報道についてのコメントで、
ただの風俗通いだったのか、本当に貧困調査だったのか、事実はわかりませんが、“李下に冠を正す”行為で、本当の人格者であったなら、人から疑念を持たれるような行動は避けるべきだったと言えるでしょう。
というものや、加計学園と安倍総理の関係についての報道に関する、
李園に実がたわわに成るころ、なにゆえ、その実の下において冠を正してはならないのか。答は自ずと明らかである。そんなことをする輩は、十中八九は李泥棒だからである。もう少し正確に言えば、「李下に冠を正す」行為は、李泥棒が嫌疑をごまかすための所作と相場が決まっているからである。収穫期の瓜田に入り込めばウリ泥棒。もっとも、必ずそうだと決めつけることは危険で例外の存在を否定できない。しかし、「李下に冠を正す」行為あれば明らかに嫌疑濃厚なのだ。
なんて例がありましたが、これも「疑わしい行為」ということでは正しい使い方でしょう。
その中で、明らかに誤用していると思われるのはたったの2例。
1つ目が「ジャムセッション乱入マニュアル前編」というブログ記事。「初めてジャムセッションに参加するジャズミュージシャンのためのマニュアル」ということで、ご自身の経験を交えながら、ジャムセッションへの参加の方法を書いていますが、「李下」のくだりが出てくるのが、記事最後、「挨拶の励行」を述べた部分です。
ステージに上がるときには『よろしくお願いします』『お邪魔します』など、おりるときには『ありがとうございました』『失礼しました』などです。
また、ドラムセットやベースを借りる場合もひとこと『お借りします』。こう言うと相手からは『いや、僕のじゃありませんから、ハハハ』などの言葉が帰ってきて、一瞬の心暖まる交流がみられる可能性もありますね。
この挨拶の励行はあなたがベテランでも同様。古来『李下に冠を正す』『君子危うきに近寄らず』『弘法も筆をえらばず』のたとえ通り、あなたのふるまいは周囲の注目の的であるからです。
微妙なところかもしれませんが、並列して書かれている諺が、「君子危うきに近寄らず」と、ベテランでも慎重に行こうぜ=ちゃんと挨拶しようみたいな感じなので、「李下に冠を正す」では、「あれ、挨拶したっぽいけどしてないのかな、どうかな・・・」になるので、これは『李下に冠を正さず』とするべきでしょう。
2つ目は、加計学園のニュースに関するブログ記事で、パーティー券代を預かった行為について、加計学園が「現金を預かったのは上京して事務所によるついでがあったため」とコメントしたことに関するコメントです。
パーティー券を買って、政治家を支援するのであれば名前が明かされてもいいと考えるはず。本人が知らないうちに名前が使われた可能性もある。加計学園以外の個人・社から現金を集めておきながら、まとめ役の加計学園の室長はパーティー券を買わなかったのか? 買ったのであれば、加計学園(の利害関係者)が一部を負担しているといえる。「現金を預かったのは上京して事務所によるついでがあったため」については李下に冠を正す気がまったく感じられない。嘘に決まっている。
「現金を預かったのは~」のくだりが嘘だと思うのなら、「李下に冠を正す気」をおこしてもらうんじゃなくて、「正さない」気を感じさせてもらわないといけないですよね。疑わしい行動をしないでほしいのですから。
他にも、前後の文章が少なすぎたり、曖昧すぎたりして、どちらの意味ともとりかねる用例が10件ほどあったのですが、「検索」をした感じでは、勘違いしている人が「それなりにいる」とまでは思えませんでした。
Twitterでもほとんどいない
今度は、twitterでも検索をかけてみました*4。リストも興味がある人はどうぞ*5。
条件としては、
①当該ツイートの発言より前の11月17日以前→「until:2017-11-17 李下に冠を正す」で検索。
②「全てのツイート」から上位100件のコメントを抜粋。
*同アカウントの発言や、引用については除外。
として調べました。
結果としては、明らかに誤用と思われる例は2件ありました。発言部分だけ引用すると以下の通り。
寝ない間柄の男女関係はあるけど、『李下に冠を正す』『瓜田に沓を入れず』程度の言葉を知らん訳もなかろうに。
19:02 - 2017年9月8日
男女間の疑わしい行動に関してのことですが、『瓜田に沓を入れず』を続けて使っているならば、やはり『李下に冠を正さず』とするべきでしょう。
もう1件は、次のツイート。
「李下に冠を正す」
すももの木の下で冠をかぶり直したらすもも泥棒と間違えられる👒
誤解を招くような行動はすべきではない
といういましめ12:25 - 2017年7月25日
「行動はすべきではないといういましめ」とあるので、これは諺どおり、「李下に冠を正さず」と書くべきでしたでしょう。
というわけで、「検索」した限りでは、やっぱり「李下に冠を正す」を「いいこと」と思っている人はあまり見つけられませんでした。
今日のまとめ
①足立議員は、当該発言の直前に「李下に冠を正さず」という用法を使用している。また、「犯罪者」という嫌疑十分の存在の対比として「李下に冠を正す(ような紛らわしい行為)」としての用法なら理解ができる。
②Googleで「李下に冠を正す」の用例を検索しても、「いいこと」と明確に勘違いしている人はあまりいない。
③Twitter上においても同様であり、インターネット上の「検索」の範囲では、そこまで見つけられなかった。
今回の検証には弱点があり、1つ目は「李下に冠を正さず」を「良くない」意味で使っている用例を調べなかったことです。やってみるとわかりますが、これは膨大な量が出てくるので、とても調べるのが困難です。ざっとみた感じでは、あんまりいなそうな気がしましたが・・・
2つ目は、私は当該ツイートの「検索してみたら」という言葉をよりどころに、インターネット上のみでの用例を確認しましたが、恐らく日常生活の中では誤用はあるのではないかなという気はします*6。文化庁あたりが調べてくれるといいと思います。
いくつか用法を確認しながら思ったのですが、結構この「李下に冠を正さず」をうまく使おうとすると、ロジックとして混乱する部分があるのは事実です。「あれ、これはどっちの意味で使っているんだろう」と、読んでいて不明瞭な箇所がいくつもありました。「疑わしいことは避けるべきだ」という主意と「正さず」という否定形がうまく結びつかないんでしょうか。その意味で、ツイート主の「襟を正す」との用法の混乱という説は、興味深いものがあります。
足立議員はうまいこと言ったつもりになっているのかもしれませんが、調べてみると、彼の言ったことは既に誰かが呟いていることでもあります。だいたいこの手の格言の上手な言い回しというものは、使い古されたものになってしまうんでしょうね。
*1:
「爆笑」について、一人で笑うのに「爆笑」はいかがなものか、というリプもありましたが、「爆笑」の用法については議論の余地があるでしょう
*2:
7月24日の閉会中審査の発言のことです。
首相は「『李下に冠を正さず』という言葉がある。私の友人が関わることだから疑念の目が向けられるのはもっともなことだ。常に国民目線に立ち、丁寧な上にも丁寧に説明を続けたい」と強調した。
【閉会中審査】〈速報〉衆院で集中審議始まる 安倍晋三首相「李下に冠を正さず」「疑念の目が向けられるのはもっともなことだ」 - 産経ニュース
*3:
Google検索結果
licagoogle.pdf (licagoogle.pdf) ダウンロード | forblog | uploader.jp
*4:過去ツイートのCSV化がよくわからなかったので、地道に手打ちで検索したので、少々間違いはあるかもしれません。
*5:
Twitter検索結果
licatwitter.pdf (licatwitter.pdf) ダウンロード | forblog | uploader.jp
*6:
たとえば、「”李下に冠を正す”は誤用だ」という主旨のページはいくつか見つかりました。
(369)(正)李下(りか)に冠(かんむり)を正さず /(誤)李下に冠を正す
(誤)「公職にある者は、業者などから贈り物があっても、決して受け取ってはならない。また、そうした業者は近づけぬことだ」「李下に冠を正すということですね」
もしあなたがこの諺を「李下に冠を正す」と覚えているなら、「李下に冠を正さず」と訂正しなくてはならない。
「誤用だ」という指摘があるという事は、誤用している例がある、という証左のひとつでもあるでしょう。