私は、自分で使っていながら、あまり「ファクトチェック」という響きが好きではありません。私がしていることは、以前もどこかで書きましたが、そんな仰々しいものではなく、どちらかというと知的好奇心による推理ゲームに近いものです。
10月8日の党首討論会の折に、そんなファクトチェックを、安倍さんが国民に呼びかけたんだとか。内容としては、朝日新聞が、加計学園での加戸前愛媛知事の閉会中審議での発言をほとんど報じていない、というものです*1。
朝日はこんな風に反論しています。
加戸氏については、閉会中審査が開かれた翌日の7月11日と25日付の朝刊で、国会でのやりとりの詳細を伝える記事で見出しを立てて報じたり、総合2面の「時時刻刻」の中で発言を引用したりしている。
このことに関しては色々なメディアが取り上げています。報じてるよという論調のものもあれば、
朝日新聞は7月10日の閉会中審査翌日、東京本社発行の朝刊で審査のやりとり詳報を掲載。「愛媛は12年間加計ありき」との見出しとともに、加戸氏の発言を載せている。同月24日の衆院閉会中審査では、翌25日朝刊総合面に「黒い猫でも白い猫でも、獣医学部をつくってくれる猫が一番いい猫」との加戸氏の発言を掲載した。
アリバイ程度にちょろっと書いているだけだろう、
このように「八田達夫」と「加戸守行」は閉会中審査の模様を伝える記事に出てくるだけである。これに対して「前川喜平」はほかの記事にも登場し、12件あるいは13件の記事全体のトーンは「政府は疑惑に正面から答えていない」である。
というものもあります。
私は本当に政治に興味がなく、加計学園の読み方すら知らなかったのですが、この件に関しては、各社どのように報道したのか気になったので、調べてみました。
安倍首相の発言
まず、安倍首相の発言が実際どのようなものだったかを調べます。
党首討論の記者クラブからの質問で、朝日の記者が安倍首相の「友人」の便宜についてしつこめに問いただしたあとの、「質問の仕方を少し変えます」といったあとです。
朝日:安倍さんは丁寧に説明してきたと仰っているんですが、例えば朝日新聞で、安倍さんの説明が充分でないっていうのは、79%、9月の段階でですね。先ほど安倍さんは、国会をずっと見てきた方は、だいたいわかってもらえたんじゃないかっていうふうに仰ったんですが、実はわたくしは、7月の国会の閉会中審査で安倍さんが、加計学園が、今治で特区になったのを知ったのは、1月20日だったと、あの証言で、逆にびっくりしてですね、それまで知らなかったなんてことはないだろう、ってみんなの疑念が膨らんでいるんですね。イエス・ノーでここだけは教えていただきたいんですけど、本当に1月20日だったっていう事を、これからも仰り続けるわけですね。
安倍:まずですね、朝日新聞は、先ほど申し上げた八田さんの報道もしておられない
朝日:(さえぎる感じで)してます。
安倍:いや、ほとんどしておられない。してるというのはちょっとですよ。ちょっとですよ、ほんのちょっと。アリバイ作りにしかしておられない。加戸さんについてはですね、証言された次の日には全くしておられない。
朝日:しています。
安倍:批判があったから、批判があったから、投書欄等で載せておられますが
朝日:(さえぎる感じで)いやいや、あの
安倍:これはしかし、大切なことですから、ぜひ皆さん、調べていただきたいと思います。本当に胸を張って、しているというふうに言う事ができますか。
朝日:(くい気味に)はい、できます。
安倍:これはぜひ、国民のみなさんにですね、新聞をよく、ファクトチェックしていただきたいと思います。今の答えについてはイエスです。
「証言された次の日」というのは、閉会中審査で加戸氏が証言した7月10日、24日、25日の次の日、と考えるのが妥当でしょう。また、「投書欄等」の話は、「批判があったから」という文言から、後日と考えるべきでしょうか。とすると、安倍首相の主張としては、
①7月11日、25日、26日の紙面で、朝日新聞は加戸氏の発言を全く掲載していない。
②批判があったために、後日、投書欄等で載せただけだ。
ということになるでしょう。この点を検証すればいいですね*2。
7月11日、24日に発言は掲載されている
他のメディアでも指摘されていることではありますが、「加戸氏」の発言自体であれば、7月11日の朝日新聞には掲載されています。
「加計学園問題 閉会中審査 やりとり詳報」ということで、トップではありませんが、「愛媛は12年間加計ありき」という、加戸氏の発言を小見出しに持ってきています。
加戸守行・前愛媛県知事 知事に着任早々、鳥インフルエンザの問題などで、公務員獣医師の数の少なさや確保の困難さ、獣医学部の偏在の状況、アメリカの適切な対応を見ながら、「日本も遅れているな」と思っている時に、ちょうど加計学園が今治への進出という構想を持ってこられたので、「渡りに船」と取り組んでもらった。
「加計ありき」と言うが、12年前から声をかけてくれたのは加計学園だけだ。東京の有力な私学に声をかけたが、けんもほろろだった。結局、愛媛県にとって、12年間、加計ありきできた。この1年、2年の間で「加計ありき」ではない。愛媛県の思いが、この加計学園の獣医学部に詰まっているからだ。
朝日 2017/7/11 朝刊 P7
その後も、7月25日 の衆院予算委での閉会中審査の詳報で、加戸氏の発言を掲載しています。
加戸守行・前愛媛県知事 今治に学園都市構想が古くからあり、開発に取り組んだが、誘致に失敗して空き地になっていた。鳥インフルエンザや狂牛病、口蹄疫の四国への上陸は許さない取り組みをするなかで、獣医学部がほしいと思った。
(愛媛)県議と加計学園事務局長がたまたま友達でつながった話に飛びついた。小泉内閣時代から構造改革特区に申請し、10年間連戦連敗で絶望的な思いの時に、国家戦略特区法が制定され、今治が遅れながら指定されて動き始めた。
朝日 2017/7/25 朝刊 P5
ただ、7月25日の証言*3については、記載がありませんでした。
しかし、発言の有無、ということだけであるならば、安倍首相の批判は①②とも的を射ていない、ということにはなります。
朝日の報じ方はアリバイ的ではある
私なんかは、ファクトチェックは事実だけを検証するのですから、これでいいじゃないかと思うのですが、 どうやらそうは思わない人もいるようで、産経新聞なんかは、今回の件をしつこく詳しく調べています。
「朝日と毎日は「ゆがめられた行政が正された」との加戸守之前愛媛県知事発言取り上げず」という見出しで、朝日など主要各紙が、加戸氏の発言をどの程度紙面上で取り上げているかを調べています。
確かに、これによれば、産経や読売などに比べて、加戸氏の発言の取り上げ方は、朝日は少ないと思われます。詳報では発言として載せてはいるものの、一般記事の中では記述がなく、片落ちは否めません。産経がどうして「ゆがめられた行政~」にこだわるのかは不明ですが*4、この発言も取り上げられてはいません。
実は、このことは、朝日紙上でも指摘されています。池上彰のコラムです。
(前略)ところが、この加戸発言を、朝日も毎日も本文の中で取り上げていません。詳報のページには、両紙とも加戸発言を丁寧に紹介し、読売よりもむしろ分量は多いのです。それを読むと、加戸発言は、愛媛県に獣医学部を新設してほしいと地元は以前から要望していたという経緯が述べられています。
これを読むと、加計学園の今治進出は、地元の悲願が実現したものという印象を受けます。今回の一連の出来事を、愛媛県側から見ることで、物事が立体的に見えてきます。
朝日も毎日も、詳報で伝えているとはいえ、本文でもきちんと伝えるべきだったのではないでしょうか。
朝日 2017/7/28 朝刊 P15
なので、安倍首相が口にしたように、朝日の言う「報じた」というのは、少々アリバイ的な感じはします*5。
前川氏と比べるとどうか
それでは、産経が公正な報道を行っているかといわれると、まあ、今までの経緯*6からそんなことはないよなあ、という気はします。
実は、池上彰のコラムは、朝日の批判だけではなく、読売の批判もしています。
7月10日の閉会中審査で、前川氏は、出会い系バーの読売の報道に触れ、「官邸と読売新聞の記事は連動しているというふうに感じた。私以外でも行われているとしたら、国家権力とメディアの関係は非常に問題がある」というように、読売の姿勢について疑問を投げかけています。では、その証言を読売が載せているかというと…
さあ、前川氏から、これだけ批判された読売新聞です。いったいどのような記事になっているのかと思って、同日付の読売新聞を読んだのですが・・・。どこにも、この部分の前川発言が掲載されていません。本文の記事はもちろん、「国会論戦の詳報」というページにも、一言も出てきません。これでは「詳報」ではありませんね。
朝日 2017/7/25 P15
「加戸発言」を政権擁護のカード、読売についての「前川発言」を政権批判のカード、とするならば、どちらもきちんと一般記事内で報道するのが「公正」というものですよね。
で、産経がこの「前川発言」を一般記事に載せているかというと、載せてはいません。審査の詳報では掲載をしておりますが、それを言ったら、「加戸発言」を詳報でしか載せていない朝日を批判することはできないでしょう。
公平な報道などない
でも、私は朝日や毎日が公平で、産経や読売は偏っている、と思っているわけでもありません。偏っているというなら全てのメディアが偏っています。
例えば、先ほどの、読売についての「前川発言」を一般記事で載せているのは、主要紙では、毎日ぐらいなものです*7。政権に批判よりのメディアは「前川発言」を取り上げ、擁護側のメディアは、「加戸発言」を取り上げる傾向にある、といえるかもしれません。
これは記事の書き方にもいえます。
例えば産経は、前川氏の発言の様子についてこう記載しています。
「官邸の関与」を否定する見解を突きつけられた前川氏は、バツの悪そうな表情を浮かべて、こう切り返した。
産経 2017/7/11 朝刊
ちなみに、その時の表情はこれです。
これはバツが悪そうなのかどうかは、意見の分かれるところかもしれませんね。
まあ、それは冗談として、産経は同記事内の結びに、
攻撃の際は威勢のよさを際立たせつつ、自らに矛先が向くと、とたんに勢いを失う―。前川氏の発言に危うさがつきまとっていることは否めない。
同上
と記しており、結局今まで取り上げた「前川発言」全てが根拠の薄いものだという印象をつけています。なんというか、中学生みたいな書き方です。
対して毎日なんかは、逆に前川氏擁護の報道が目立ちます。
7月11日の社会面では、「「印象操作」かわす」という見出しを大々的に持ってきており、記事内でも、「発言内容の信ぴょう性を低下させようとするう与党側の「印象操作」をかわした格好だ」として、「天下り問題」で質問する与党議員を揶揄したような書き方になっており、毎日だけ読むと、始終前川氏が優勢な印象を受けます。ここに加戸氏の発言が入ってこないのは、確かに公平でない感じはします。
メディアにも立場や主義信条があり、それに立脚して報道をするのは私は間違いではないと思います。しかし、「我こそ公正公平の報道機関でござい」という顔で記事を書かれると*8、その口の中に何枚舌があるか確認したくなります。私はいっそのこと、政治信条を各メディアはもっと明確に打ち出せばいいのに、と思うんですけどね。○○新聞は政権打倒を考えてます!とか。そしたら、読者も自分の選びたいものを選んでご満悦になるんじゃないでしょうか。
今日のまとめ
①安倍首相の言う「加戸発言を朝日は全くしていない」というのは、発言の記載の事実だけで言うなら、7月11日・25日に記載があり、不正確である。
②一般記事に載せている産経などと比べると、確かに朝日の書き方は前川氏の発言に比べて少なく、アリバイ的ともいえる。
③しかし、読売と官邸の連動を指摘した前川発言を産経や読売はほとんど取り上げておらず、そもそも公平な報道というものが存在しているかが疑問だ。
私がこの記事を半分ほど書き上げたところで、GoHooさんのきちんとした「ファクトチェック」記事が流れてきました。
もう正直、このブログなんか消え入りたくなるようなしっかりとした記事なので、こっちだけ読んでもらえればとも思うのですが、ファクトチェックとは、客観的な事実に基づいて検証されるべきものであって、他のメディアがしていることは、それぞれの立場に基づいた報道、という印象がぬぐいきれません。私が「ファクトチェック」という言葉を好かない理由のひとつも、そういうところにあります。あまりにも政治信条に利用されすぎている。
加計問題というものは、各メディアにとってはもはや政治的カードの一手段に過ぎないのでしょう。すべての事象はメディアにかかると政治力学の重力に囚われてしまうのは、報道という存在の宿命なのかもしれません。
*1:
八田氏についてもありますが、今回は取り上げません。範囲が広がって調べるのがかなり大変になるからです。
*2:
実は、安倍首相はこの討論会の最初の方の党首討論の方で、加戸氏の発言を引き合いに出し、「ゆがめられた行政が正された、こう言っておられます(中略)報道されなかった部分も含めて、(予算委員会を)ご覧になられた方は、かなり納得をされたのではないか」と述べているので、もしかすると、朝日新聞にはこの「ゆがめられた行政」の部分が掲載されていない、という主旨の発言だったかもしれません。それであるならば、確かにコレクトではありますが、産経新聞を読みすぎだな、という気もします。
*3:
今までのものと大差はあまりないのですが、安倍首相の「ぬれぎぬを晴らす」ために証言していること、やはり知事として学園都市構想は肝いりであったことなどがわかります。「証言」というか、参考人なんで、本当は「陳述」ですけども。
*4:
一応書いておくと、この発言は加戸氏独自の発言ではなく、元々は安倍首相の発言であったと思われます。
岩盤のように固い規制や制度に風穴をあける国家戦略特区法の改正案を成立いたしました。(中略)そうした時代のニーズに応える、規制改革は、「行政を歪める」のではなく、「歪んだ行政を正すもの」です。岩盤規制改革を全体として、スピード感をもって進めることはまさに総理大臣としての私の意思であります。
これを加戸氏が引用したことが、どうしてそこまで肝になるのか、というのが少々不思議です。
*5:しかしながら、ワタクシが執筆中に更新されたGoHooさんの記事によれば、前川氏の発言の量に比べて、加戸氏の発言の記載は確かに少ないものの、それは産経だけが突出しているだけであり、その少なさは他も似たり寄ったりだ、という結論になっています。
加計問題報道 安倍首相が呼びかけたファクトチェックの結果 (上)(楊井人文) - 個人 - Yahoo!ニュース
*6:
たとえばこんな記事。
*7:
出会い系バーへの出入りを「女性の貧困の実地調査」と説明したことを丸山穂高衆院議員(日本維新の会)から指摘されると(中略)「(官邸の動向と)読売新聞の記事は連動していると主観的に感じ取った」と主張した。
毎日 2017/7/11
掲載しているのは主要5紙のなかでは、朝日・毎日のみ。読売・産経・日経には一般記事に記載なし。
*8:
恨みがあるわけでもないんですが、やっぱり産経はちょっとひどいかな、と思います。下記記事では、仰々しく、
自社の論調や好悪に合わせて極めて恣意的に編集し、大切なことでも「不都合な真実」は無視してはいないか。
と述べていますが、思わず苦笑してしまいます。